名胡桃城と中山城の歴史探訪!
中山城跡の特徴
中山城跡は後北条氏が築城した歴史的な場所です。
空堀や土塁などの遺構が美しく残っています。
道の駅中山盆地からもアクセスが良好です。
案内が設置され、景色も良く来られたことが嬉しくなる城跡でした。
北条氏領の辺縁によく見られる台地を利用した城郭跡です。道の駅から徒歩でもアプローチでき、東側から本丸郭まで登れる歩道が整備されています。林の中に遺構も見られ、シンプルな構造ながら意外に規模が大きく堅牢な作りに見えます。
①本能寺の変で織田信長公が斃れて、滝沢一益公が上野国から撤退した後に北条氏が築いたとされ、豊臣秀吉公の小田原征伐により北条氏が滅びて廃城となる。舌状台地の付け根部分にある本丸は約40mの方形で土塁が巡り、その外側に大きな堀が横たわり、その外側にも大小の曲輪が配されていて、広大な面積を持つ山城。②国道のパーキングエリアに🅿️。案内板を一読し、コース表示に従ってゆっくり歩き、明るく陽当たりのいい坂をひと上りして、いきなり暗鬱でタジタジになるような森に入ったら、もう、そこが本丸跡だった。スギなどの大木、巨木がビッシリとひしめく重々しい光景に、一瞬身が引き締まる。西側から北側にかけて分厚い土塁が巡らされていて、土塁の上を歩きながら、外側の空堀の余りの深さと幅の広さに、またまた度肝を抜かれる。深い森に包まれて、城跡は眠りこけている。ありし日の夢を見ながら…いままでも、そしてこれからも、ずっと…。
城跡南側の県道脇に広い駐車スペースがあり城址の碑が有ります。東側のたんぼ道のほうに城跡への案内標識が出ています。城跡の東端から注意が必要です。本丸に行くには右折して北上するのが順路でしたが、夏場で標識が草で隠れていました。舗装道路そのまま西へ登ると、耕作地が拡がります。二の丸三の丸などの城域で、本丸への道は無さそうでした。農作業中の地元のお父さんにお聞きすると、本丸は空堀で囲われ、東側からしか登れないと教わりました。一周して東端に戻って案内標識を見つけて進むと、北東側に登城路が有り本丸に登れました。本丸中央は草が刈られ、説明板が有りました。本丸周囲は太い土塁で囲われ、空堀が深く掘られていました。茨城の牛久城も土塁空堀がふかかったなと何となく思い出し、北条方のお城というのが感じられました。
城攻め初日、沼田、名胡桃、小川に続いて本日最後の目的地中山城に行きました。城の南を走る国道145号の、ちょうど城の南端あたりのところに駐車スペースがありますので、こちらに駐車しました。中山城は沼田城と岩櫃城の中間地点にあり、北条氏直が真田氏攻略の拠点として中山城を築いたと言われています。地理的にも交通の要所のようで三国街道を南北に往来する人たちは必ずこの中山盆地を通っていたと言われていますし、沼田・岩櫃の連携を遮断するための軍事的要衝であったことが伺えます。城跡は舌状の長い丘陵に築かれており、舌状の先に本丸が築かれていないのは突貫工事だったからなのでしょうか。本丸へのアクセスは短時間で行けます。本丸の周囲は完全に堀で覆われています。二の丸、三の丸は、本丸とは別ルート(農道だと思います)で行くことができ、三の丸付近は畑になっています。私有地だと思いますのでマナーにご注意ください。中山城の御城印は、中山城から南へすぐの「道の駅中山盆地」で入手することができます。私はこちらでブルーベリージュースを頂いて渇いた体を潤すことができました。2024/7/26(金) 1340-1410 城散策。
名胡桃城の近くにある。こちらは、沼田城に進出した真田氏に対抗して、北条氏が築いた城。迷路のような空堀がよく残されていて、土塁も高く、見ごたえがある。比較的よく整備されていて、見学もしやすい。
名胡桃城から岩櫃城に向かう途中にあるお城です。北条方から徳川方に寝返った真田氏に対して、北条方は真田氏を攻めるためにこの場所にお城を築いたのだとか。田畑の真ん中に標識がありました。この道だなと行ってみたのですが、そこから坂道を登ってみると道が荒れてきます。上まで行くと開けた畑がありましたが、お城の気配がなく。更に道を進んで、一度下り、回ってみると今度は中山城市の案内板がありました。どこかで道を間違えたのだろうともう一度戻ってみると、どうやら坂を登る前に右に行くようです。バイクを置いて、そこから先は歩いていきます。これは少し気が付きづらいですね。少し進むと上り坂があり、真田街道の旗もありました。こちらであっているようです。上っていくと本郭に到着しました。木々があり、静かな場所でした。その先に先程間違えて上った畑がありますが、その間には非常に深い堀があります。これは掘られたものなのか、もともとこういった地形だったのか、でも先程の畑の場所からはこちらには来れないですね。一度戻って、今度は中山城の御城印を購入するために道の駅に行きました。中山城周辺は全く人がいなかったのですが、この道の駅はかなり人がいてびっくりです。見晴らしも良いですし、良い場所ですね。こちらで白と黒の2種類の御城印を購入しました。「楔を打ち込む境目の城」とは、なかなか良いタイトルですね。
近くの道の駅で車中泊して翌朝行きました。規模は大きくないですが、堀切は当時の面影をそのまま残しています。
道の駅中山盆地で御城印を購入後に登城。道の駅から車で2分、道路脇の城址説明看板の前にあるスペースに五、六台は停められるスペースがあったのでそこに車を置いて登城しました。背丈の高い草が割と多かったので虫対策はした方が良いかもฅ(๑*д*๑)ฅ!!鳴り物も念の為(ㆁᴗㆁ✿)
| 名前 |
中山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2026年6月群馬 城めぐりで訪問車で訪問しました。城の南側 145号線沿いに無料駐車スペースあります。城の石碑は駐車場の脇に建てられていました。城へのアクセスは城郭東側の側道より畑の中を通って行きます。途中随所に案内看板があるので、迷うことはないと思います城郭入口の手前で右手に入り、城の東側から本丸への登城となります。西側 二の丸からは本丸へのアクセスは難しいのでご注意ください。駐車場からはゆっくり歩いて片道15分位で本丸へ到着できます。途中の道筋も整備されているのでアクセスはそれほど苦労しませんでした。本丸付近では当時の乗客の様子が感じ取られ、趣のある中山城跡でした。中山城の御城印はここから車で数分のところにある「道の駅中山盆地」で販売されています。----------以下案内版の文章より中山城跡中山城は立地上は土囲式丘城、構造上は本郭が一側に帰し半円形をした半折囲郭式で、この地域では最も新しい構造で、 長井坂城と共に小田原北条氏が築城したものです。ここ本丸は、一辺約六十ルの正方形に近く追手は南、搦手は北にありました。二の丸は本丸の北・西・南を囲み、三部分に分かれ、本丸との間は空堀で深く、堀底は通路を兼ねていました。その外側西・南に三の丸が付き、更に腰曲輪等が付属しています。なお、このような舌状台地での縄張りでは、最も安全な先端部を主郭とするのが普通ですが、この城は、北条・ 真田の覇権争いの中、領国の境界にある「境目の城」からか、 本丸が舌の付け根に偏った構造となっています。この縄張りでの築城は天正十年(1582)、 廃城は天正十八年 (1590)は下らないといわれています。