美しい銀杏を背に多和神社へ。
多和神社の特徴
国道377号線から前山ダムを過ぎてアクセス可能な位置にあります。
昼寝城の手前にある隠れ家的な神社で、静かな場所です。
銀杏の美しい景色が楽しめる、自然豊かな環境です。
20251124イチョウ。
さぬき市前山にある神社。主祭神は大己貴命。江戸時代までは、式内・多和神社とされていたが、明治になって、激しい論争の末、内務省より志度の多和神社が式内に比定されたという。
静かで、きれい。
【撮影日:2021年11月20日】イチョウがとてもきれいな神社です。駐車場らしき場所はありませんが、神社の手前で道が広くなっているので、その辺りに何台か車を停めている方がいました。
長尾寺から大窪寺に向かう国道377号線を南に登り前山ダムを過ぎて少し行くと左側に道(歩き遍路道)を折れ昼寝城の手前に位置する多和神社です。近世まで大多尾大明神と称された社です。江戸時代までは式内多和神社とされていたが明治時代に成り激しい論争の末、内務省から志度の多和神社が式内に定められた。祭神は大己貴命。ただし境内の由緒石碑によると手置帆負命の名も記されています。紋は菊の御紋と三つ巴の紋がついています。境内の鳥居の脇に杉の大木が三本と銀杏の大木一本有ります。
山あいの小さな神社。巨大なイチョウの木があります。境内には、「天明」と年号の入った石があり、相当昔からあるのかも。
銀杏が綺麗です。
| 名前 |
多和神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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多和神社(たわじんじゃ)さぬき市前山。香川県 香川県さぬき市前山。式内社(小)多和神社論社、旧社格不明。【祭神】大己貴命資料によると、『寒川郡前山村多和神社由来遷宮控帳』によれば、平安時代の天長元年(824年)に大和国三輪神社より勧請されたのが始まり。弘法大師空海及び藤原佐太夫政富の勧請と伝わる。御祭神は、大己貴命。ただし、境内石碑には手置帆負命の名も見える。当社は山中にあるが、多和の「たわ」は、名詞で「山の鞍部」あるいは「峠」。動詞で「たわむ」、すなわち「しないまがる」「重みにたえかねて曲がる」の意で、立地と符合する。式内社としては、元慶元年(877年)3月4日に従五位上に進み、永承4年(1049年)に多和神祠として仏舎利を賜った。平安時代の延喜7年(907年)、治暦4年(1068年)、治承2年(1178年)、鎌倉時代の乾元元年(1302年)、戦国時代の永正2年(1505年)、文録2年(1593年)、江戸時代の寛永12年(1635年)、万治元年(1658年)、安永9年(1780年)に社殿の造営の記録が残る。江戸時代には大田尾明神・多和大明神と称しており、別当は宝藏院末寺の神照寺。文政2年(1819年)には高松藩9代藩主松平頼恕が社地を寄進した。寛文9年(1669年)2月5日に当地の大庄屋が実地調査し、当社が式内社を確認した。江戸期にを通じて、当社が式内社として認知されていた。明治になって、激しい論争の末、内務省より志度の多和神社が式内に比定されたという。現社殿は大正14年(1925年)10月に竣工したもの。現在は市内長尾名の宇佐神社の境外末社とも。境内社に伊勢神社・地神社がある。なお、式内社「多和神社」の論社は、志度の同名神社の他、市内津田町鶴羽に鶴羽神社と大森神社がある。とあります。