長野電鉄本郷駅近く、古の力と静けさ。
美和神社の特徴
珍しい三ツ鳥居が特徴的で手水舎も凝った造りです。
善光寺七社の一つとして格式高い神社です。
静かな佇まいの中でパワーを感じることができます。
2018.07.27なつかしい。1960年代後半、境内で紙芝居や、5円アイス販売などがあった。
いつも前を通る美和神社⛩️この時期、紅葉が気になってよりました。とても綺麗!またお参りにも来ます。
こじんまりとした神社ですが、巨木が有り、かなり良い雰囲気を放出している。長野を去る際は感謝の挨拶に来ようと思うのでした。
美和神社(みわじんじゃ)。長野県長野市三輪。式内社(小)、旧県社。善光寺七社の一社。主祭神:大物主命相殿:國業比賣神 神部神資料によると、創建は不詳。祭神・社名とも大和国の大神神社と同じで三輪系の神社であるが、その由来は定かでない。『善光寺縁起』には、大和三輪出身の三輪時丸が善光寺に参詣しそのまま当地に留まった、このとき大神神社の神体を奉納したので大神神社には神体がない、という伝説が記されている。これはこの地に三輪氏系の人々が移住したことを示すとも解され、周辺には時丸の塚と称するものと時丸寺がある。また、長野市信更町田野口にある松ノ山窯跡からは、堺市に存在する陶邑窯跡群と形態的・技術的類似性が認められる土器が出土しており(和泉陶邑窯編年で6世紀初頭と考えられているTK47型式(~MT15型式)に比定されている)、陶邑の窯は三輪氏の配下の渡来人が運営していたと考えられていることから、ここからも三輪氏が長野市に移住してきていた可能性が指摘されている。貞観8年(866年)には兵疾の災いを防ぐため、「三和神・神部神」への奉幣読経がなされており、この地方の重要な神であったことがうかがわれる。『延喜式神名帳』には「信濃国水内郡 美和神社」と記載され、式内社に列している。旧称は「三輪神社」であったが、安永3年(1774年)に吉田家から許可を受け現在の「美和神社」に改称した。寛政5年(1793年)、現在の社殿が造営された。1873年(明治6年)、近代社格制度において村社に列し、1935年(昭和10年)に県社に昇格した。1986年(昭和61年)、献幣使参向神社に指定。とあります。
2025年5月7日に訪れました。三輪鳥居を見るのは久しぶり。三輪鳥居は確か、正式なくぐり方があったような気がしたが、普通に真ん中をくぐり、拝殿でお参り。境内のケヤキの御神木にコブがいくつも付いていて、滋賀県の癌封じで有名な神社を思い出す。コブに触り、親族の病気平癒を祈り、大物主神に感謝申し上げるのでありました〜
珍しい三ツ鳥居が目を引く、手水舎も凝った造り。拝殿の形も珍しい。
善光寺とも関わりが深く「善光寺七社」の一つに数えられています。江戸時代には「三輪明神」と称していたそうです。
善光寺七社のひとつ。三輪じゃなくて、美和なのがめっちゃカワイイですね~ここの横から続く細い道は、警察署で許可もらわないと車で通れませんよ~
善光寺七社の一社です(*^^*)長野電鉄長野線の「本郷駅」からすぐの場所にあります♪静かで広い境内♪ゆっくりと参拝してパワーを頂きました\(^o^)/(2022/2)
| 名前 |
美和神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
026-232-2838 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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長電本郷駅の直ぐ側にある美和神社です。美和神社本殿のほか、大木が神様としてお祭りされています。由緒を拝見すると、本殿は延喜式で建てられている様です。貞観8(866)年には既に記録の上に掲載されているとは。江戸時代には算額が奉納されていたりと、かなり先進的な地域であった様です。現代式をみても、かなりの高等数学を発揮していた様ですね、凄い!他に大青麻彦神社も祭られていて、病気や家内安全、商売繁盛などのご利益がある様です。しっかりとお祈りしてきました!