午後の時を告げる大砲の響き。
午砲の特徴
昭和4年まで使用された大砲の歴史が感じられる場所です。
大砲に耳を当てると不思議な音が聞こえると噂されています。
エントランス広場の左側に位置し、訪れる価値があります。
午砲為舊武藏野鄉土館藏,代替江戶時代的「時之鐘」(鐘樓),以鳴空炮方式在中午報時。*使用年代1871年(明治4年)~1929年(昭和4年)4月*原所在地千代田區(皇居內舊本丸跡)
明治4年9月から昭和4年まで午後の通報をこの大砲で空砲を撃ち知らせていたようです。昼ドンなどと言われていましたが、知っている時代の方はほとんど亡くなられていません。こうした何気ないものが大事に保存され、伝えられていることが素晴らしいです。
午砲同志とともに訪れた先の大砲。有料施設内にあり。これも大切な思い出。
昭和4年までどんに使用していた大砲、もうどんを的確に覚えている人は殆ど逝ってしまった、親父から話に聞いただけのどん幼少期から何故かこの空砲を聞いたような気がしてならなかったここへ来るたびに大砲に耳を当ててみる、何故か音がするような気がしてならない。その後サイレンに変わったのだが、それは空襲警報そのものだったような気がした。そんな昭和は裕仁と共に遥か昔のような、遠い遠い昔のような気がする、だが何故か良い時代だった気がする❗️小金井公園良い所だよ😁
エントランス広場の左にあります。明治4(1871)年、午砲の制というのができて、正午の時報として空砲を一発撃ち鳴らすことになったという。
| 名前 |
午砲 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
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2024年10月訪問。案内板に「1871年(明治4)9月9日から、皇居内旧本丸で、この大砲により正午を知らせる空砲が発射された。大砲による正午の通報は、今の東京都区部の大部分に聞こえ、その音から『ドン』と呼ばれて人々に親しまれた。江戸時代には、江戸市中に時刻を知らせるため鐘を鳴らしたが(時の鐘)、明治時代以降はこの午砲となり、正午を知らせた。1929年(昭和4)5月1日に正午の通報は午砲からサイレンに変わり、その役目を終えた。」と書かれている。