三島神社の松陰像で歴史探訪。
吉田松陰像の特徴
吉田松陰の大型の銅像があり、歴史の息吹を感じる場所です。
柿崎神社と三島神社に関連した観光スポットで、訪れる価値があります。
松陰は長州出身の武士で、彼の思想や教育理念について知ることができます。
三島神社の入り口、 道を挟んで 踏海の朝( 弁天島)反対側にあります。
吉田松陰の勇ましい姿が残されています。銅像の補修てほしいかな。正座して講義している姿がよく表現されますが、本来の若き松陰を感じました。とても貴重な姿です。
「三島神社」の境内に建つ「吉田松陰」先生の立像です。ここ下田で金子重輔とともに近くの「柿崎弁天島」から小舟で漕ぎ出します。そして、黒船の一隻である米旗艦ポーハタン号に乗り込みアメリカへの渡航を訴えます。しかしながら、アメリカ側に諭されて、下田に戻り自首することとなります。この先には、これから船を漕ぎ出そうとする吉田松陰」先生と金子重輔の姿を表現した「踏海の朝」という銅像も見ることができます。また、少しマイナーな感じですが、自首した後に禁された長命寺の跡地には「吉田松陰拘禁之跡」の碑が建てられています。下田開国博物館には、その拘禁の様子を表す展示があるので、そちらにも訪れてください。その時の吉田松陰先生の無念さが伝わってきます。とは云え、この地でそのままアメリカに渡っていたら、幕末の歴史はどうなっていたのかなぁとも思ってしまいます。
歴史を感じます。
観光案内所で「柿崎神社にある」と言われ来てみると「三島神社」の扁額。行ったり来たりしてしまいましたが、バス停は柿崎神社の表記。諱の矩方での歌碑あり。
松蔭の銅像がありますが、特別な何かがあるわけではありません。
吉田松陰は長州出身の武士で思想家、教育者であり山鹿流兵学師範。嘉永7年(1854年)、ペリーが日米和親条約締結の為に再来航した際に、金子重之輔と二人で下田から密航の企てを実行しようとしました。
吉田松陰、大型の像。地図上のマーカーが違ってるほんとの場所は下田三島神社境内。柿崎25-122
| 名前 |
吉田松陰像 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
〒415-0013 静岡県下田市柿崎25−122 三島神社境内 |
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