807年開坑、感動の銅山遺構探訪!
吉岡銅山跡の特徴
吉岡銅山跡は奈良時代に開鉱された歴史的な銅山遺跡です。
選鉱場や煙道など大きな遺構が幾つか残っており興味深いです。
狭く急勾配な道を通るスリリングなアクセスが魅力です。
住友から三菱に買収された日本初の洋式溶解炉を取り入れた銅山。全体的に公園として整備はされているのか?しかしまだ整備などもされていない選鉱や精錬所は崩壊の恐れあり怖くて近づけない。周辺の土手なども地蜂が大発生しており危険です。けど産業遺産として観光というかもうちょっと整備してもいい気がします。
急な坂を降りていったら何かの撮影で見学できませんでした。駐車場?からも結構歩くのでそこに「撮影中の為入れません。」くらいの案内があれば無駄足にならなくて良かったのになぁ...
こんなところに遺構あるなんて知りませんでした。規模の大きさに圧倒されます。まだまだ整備中?素晴らしいと思います。
看板を頼りに行きました。ひっそりと忘れられつつありますが、ずいぶん由緒ある銅山だそうです。由緒については写真をご参照ください。上の道から下る場合はくれぐれも気をつけて!
観光地化してなくて山の中の古代遺跡みたいで面白い選鉱場跡は一番上まで登れそうだったが梯子が壊れていたので断念三番坑口跡は草木に埋もれていて、塞がれているので中には入れません吹屋からよりも西江邸の方から登っていった方が道は狭いがまだマシかも。
日本で初めて洋式溶解炉を導入した銅山ですが、ここがその溶解炉設備なのでしょうか?道は悪路ですが吹屋の町並みを見学した後は必ず見学したほうが良いです。余計な設備の説明看板がなく山の中にただ銅山跡があり、自由に見学できるのは想像力をかきたてられ楽しかったです。いつか銅山跡保護の観点から遠目からしか観れなくなる日が来るかもしれません。それまでに見学をオススメします。
大きな遺構が幾つか残されています。帰る際は吹屋ふるさと村側の道(右手)でなく、左手の道の方が通りやすいです。どちらでも85号線には戻れます。
道がかなり狭くて、急勾配の坂を下るとたどり着きます。恐いです。
バイクで気軽に行けるのが良いです。
| 名前 |
吉岡銅山跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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伝承では807年に開坑したと言われる銅山跡。三菱財閥が初めて開拓した銅山です。明治時代から大正時代の頃は日本三大銅山とも言われたらしく、1,300人の鉱夫を抱え大いに発展したようです。第一次世界大戦後の不況で三菱財閥が1931年に経営から撤退し一度は閉山。その後第二次世界大戦後に再開されるも1972年に再び閉山となり再開することはありませんでした。建物は全て撤去されていますが、シックナーや建物の基礎はそれなりに残っており、大規模な施設だった事が分かります。また、除草も行き届いており、夏でも楽に見学できます。駐車スペースはありますが、そこに至るまでの道は細いヘアピンですので気を付けてください。