松本城主・石川家の深い縁。
大寶山正行寺の特徴
大宝山専修院の歴史は石川家に深く結びついています。
本尊は阿弥陀如来で、静かな雰囲気の中で安らぎを感じられます。
参道沿いには渋い飲み屋街があり、訪問の帰りに楽しめる景色が広がっています。
松本城下にあります真宗大谷派正行寺を訪問致しました。(今まで北信濃のお寺を回っていて松本のお寺は初めてです。長野県での浄土真宗は北のほうが一杯お寺があるイメージで南に行くほど少なくなっている感じがします。歴史的に南の方では三河の門徒団の一部が活動していたそうで現在はあまりみられなくなってしまっていることを本で読んだことがあります)「名も高い 勇士の開基 正行寺」(松本かるた)とあるように松本で大変由緒ある大きいお寺です。勇士の開基といわれている佐々木高綱という方は「宇治川の戦い」で梶原景季と先陣争いをしたという猛将だそうです。訪問させて頂きたいと思い事前に連絡をし、まずは島立にある了智上人(佐々木高綱)のお墓をお参りする。訪問当日、松本駅からは歩いて20分ぐらいでお寺には到着します。綺麗に整えられた広い境内を見学後、お寺様にご挨拶をし、本堂にて御本尊様を参拝。お寺様は優しい方でお忙しい中少しお話下さいました。私から「私はグチばかりの念仏で情けないです」と言うと、お寺でのご説法の内容を少し教えて下さる。実際にお寺に来ないと聞けない話で大変勉強になります。お忙しい中、優しく対応して頂きまして有難うございました。
親戚かも。佐々木高綱公関係かな?
私のおじいちゃんのお墓があります。ときどき、お菓子をもらったりします。
私のおじいちゃんのお墓があります。ときどき、お菓子をもらったりします。
石川数正公の墓があると聞いて訪ねたけど見あたらなかったのが残念。
先祖がねむるお寺です。
参道の道沿いに渋い飲み屋街がある景色が素敵です。
大宝山 専修院 正行寺真宗大谷派本尊阿弥陀如来松本城主だった石川家と縁が深く島立栗林にあったものを石川数正が松本城大手門西脇に移転させ、さらに石川康長が現在の地に移転させた。それ以後現在の地にあり門から伸びる道を正行寺小路と呼ぶ。毎年12月11日には石川数正公・康長公念持仏法要が行われている。
大宝山 専修院 正行寺真宗大谷派本尊阿弥陀如来松本城主だった石川家と縁が深く島立栗林にあったものを石川数正が松本城大手門西脇に移転させ、さらに石川康長が現在の地に移転させた。それ以後現在の地にあり門から伸びる道を正行寺小路と呼ぶ。毎年12月11日には石川数正公・康長公念持仏法要が行われている。
| 名前 |
大寶山正行寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0263-32-5653 |
| HP |
https://visitmatsumoto.com/spot/%E6%AD%A3%E8%A1%8C%E5%AF%BA/ |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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10/02/2025源平合戦の「宇治川の先陣合戦」で著名な佐々木高綱が出家後、親鸞と信州入りして建立した寺院。「松本かるた」にも「名も高い 勇士の開基 正行寺」とある。そもそもは島立南栗にあったが、石川数正の松本城築城で石川氏の菩提寺となり、市内に移転した。浄土真宗大谷派。南栗の寺も浄土真宗本願寺派として続いている。明治初期住持の佐々木了綱は廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)に激しく抵抗し、藩内の多くの浄土真宗寺院が存続した。また、佐々木高綱を共通の祖先に持つ乃木希典将軍が3度松本を訪れ、境内には皇居の方角を向いた乃木の石造がある。