全国唯一の日本神社でパワーチャージ!
日本神社の特徴
日本で唯一の名を持つ神社として、特別な存在感があります。
丘陵地にある百数十段の石段を登って到達する異空間が魅力的です。
古くからの地域愛着が感じられる、静かな山の中に佇む神社です。
一度訪れたいと思っていた場所寄居に訪れたので、念願叶いました。神社で、日本と名が付く唯一の神社⛩️地元の方からあたたかく見守られる鎮守様の様な神社なのでしょう御朱印は駐車場近くの新井商店さんがされておりました。Googleナビだと、急に車幅の狭い道や急登急勾配のところを案内され怖い思いをします是非、手前の駐車場をみつけたら止めてください。行けないわけでは無いのですがお祭りの時、荷物の搬入で軽トラックが行き来しますと伺いました。
小高い丘の頂上にひっそりとある神社です。唯一、日本が名前につく神社で、サッカー日本代表に青いダルマを送ったことで有名。必勝・勝運・延命長寿・開運招福の神社です。駐車場の標識が麓の通りにあり、歩いて参道の階段を登ると社殿がひっそりと佇んでいます。御朱印は、児玉の八幡神社で日本神社の御朱印を直書きで拝受しました。
まったく前知識なく、案内板に惹かれて立ち寄らせていただきました。坂を上り、階段を上り、上り、上りようやく辿り着く、小山の中腹に鎮座する神社です。木々に囲まれた厳かな雰囲気ですが、近くのサーキットの爆音が響き渡っています。
全国で唯一社名が「日本」のみの神社です。主祭神は神武天皇御神徳は必勝・勝運・延命長寿・開運招福。ナビを使って行きましたが迷いました。左手に商店があり、そこに日本神社入り口の文字があるのでそれが目印です。駐車場は商店の道を挟んだ向かいの家の隣の空き地が駐車場になります。雨が降っていましたが、参道に入ると不思議なことに雨がやみました。参道は入口から山の麓までが舗装路で、山道は石段になります。石段は雨で濡れていて滑りやすかったので一歩ずつ慎重に登りました。何段か数えませんでしたが、けっこう登ります。手水舎はありましたが、水は出ていませんでした。大きなだるまがありました。参拝を終え、御朱印を頂く為に社務所と思いましたが閉まっていました。看板に御朱印や御守り等の連絡先があったので電話しました。宮司さんが常駐していないので、電話必須です。商店か自宅にいるそうです。私が連絡した時は自宅でした。日本神社から1km程戻った所にわかりやすい看板があるので迷う事は無いと思います。自宅なだけあって、普通の民家です。チャイムを押して、玄関に入ると、御守りやだるま等置いてありました。御朱印は手書きでその場で書いて頂けます。デザインは2種類ありました。これで参拝が無事に終わりました。参道は、季節的に蚊がたくさん飛んでいて、数ヶ所刺されました。虫除けした方が良いと思います。
行くまでの道のりが階段なので少し疲れます。日本と記載のある神社寄らないわけないです。ふもとに駐車場があってそこに車を置いて行くことができました。手前で杖おいてあります。
埼玉県本庄市児玉町に鎮座する日本神社、日本と名の付く神社は日本全国でここだけとスマホで知りました。若い頃に間瀬湖と間瀬峠を利用していたが、年齢を重ね、新しい趣味の史跡巡りで、間瀬峠の入口に鎮座する日本神社を参拝するなんて、とても感慨深いです。駐車場から歩き、参道に入り、鳥居まで結構な段数の階段を登り&ゆっくり撮影しながら15分程度で到着しました。御祭神は神武天皇で御神徳は必勝/勝運、勝負事の祈願で参拝に訪れるみたいです。境内を撮影、見学後、お詣りさせて貰いました。
社伝によれば、791(延暦10)年に坂上田村麻呂が蝦夷征討の途中、この地に立ち寄り初代天皇とされる神武天皇を祀って戦勝を祈願したと言われています。蝦夷征討後、神社を建立したのが始まりで、当初は「神武神社」と称していました。1874年(明治7年)に6つの神社が併合され、1881年(明治14年)に「日本神社」に改名されました。日曜日 台風🌀近場で神社参拝をしようと1人ドライブ 嵐山町の鬼鎮神社さん参拝後 まだ時間早いしもうちょい遠出 雨雲レーダー見ても大丈夫そう ん~児玉に入った途端どしゃ降り ダメかな 一応行ってみるか 日本神社の駐車場に着くとピタリ雨☔がやんだ☺️新井商店さんの脇を歩き 石段 歩くのは覚悟していたのでそれほどでは 石段を登り上がり境内へなかなかいい雰囲気 参拝後新井商店さんへ ん?開かない 人がいない 御朱印どうするかな あ❗宮司さんの電話番号 電話をかけると丁寧にお宅の場所を教えていただきました。書き置きかなって思っていたが書いていただきました。とてもいい参拝ができました。オススメ👍️
間瀬ダム見学した後、日本神社に初めて参拝頂きました。村井商店の道路向かい側に日本神社駐車場🅿5台あります。日本神社までに坂道で約5分かかって歩けます。静かな神社で珍しい青いダルマが大中小サイズ置いてあります。青いダルマといえば、2011年ワールドカップサッカーのため、日本🇯🇵女子👩チームの青いユニオームが着いていたまま、参拝していたが、結局、初優勝🏆となった。村井商店に青いダルマ(中)と御朱印を買いました。
日本と名のつく唯一の神社。階段を登った山の上にあるけど、境内では御朱印はもらえないので、参道入口脇の新井商店で確認するとよい。
| 名前 |
日本神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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成身院 百体観音堂拝観のため本庄市観光農業センターを訪ねたところ、こちらにも日本神社の青い達磨となでしこジャパンの写真が掲載されていました。担当の方に尋ねたところ日本神社は神武天皇を祀っていて、道なりに行けば赤い幟が立っているのですぐに分かるとのことでした。確かに何本もの赤い幟が風になびいていました。ハイキングコースのような参道を進むと、やっと鳥居の向こうに拝殿が見えてきました。右手には手水舎と社務所、左手には神楽殿がありました(神楽殿には立派な龍の彫り物が掲げられていました)。拝殿の両翼には合祀された各神社が鎮座しています。合祀された神社は境内の片隅に置かれることが多いのですが、並べて配されているのは珍しいですね。由緒書によれば、坂上田村麻呂が蝦夷平定のおり、神武天皇を祀って戦勝を祈願したのが始まりで、御神徳は武運、国土守護、災難除けだそうです。多くのスポーツチーム/選手が参拝するのもうなずけます。私もしっかりお参りしました。参道入口近くには無料の駐車場があります。平日午後でしたので参拝客は私の他1名で、静かにお参りできました。「御守・御朱印等は新井商店又は根岸宮司宅にて承わります」との案内が掲示されていました。今日、社務所は無人でしたが、御祭日にはいらっしゃるのかな。新井商店も平日なので締まっていました。下記は境内にあった由緒書の内容です。第60回伊勢神宮式年遷宮記念日本神社 御由緒●御縁起(歷史) 本庄市児玉町小平一五七八小平は、小山川と上武山地に挟まれた地域で、集落は東小平と西小平に分かれる。当社は、西小平の中央にある小高い山の頂に鎮座する。社伝によると、延暦十年 (七九一)に坂上田村麻呂が蝦夷平定の途次当地に立ち寄り、神武天皇を祀って戦勝を祈願し、無事平定の後に社殿を建立したのが始まりで、当初は神武神社と称していたという。『風土記稿』小平村の頃には当社の名を見ることはできない。ただし、鎮座地の小名を古くから神山と呼ぶことから、古来ここが信仰の対象とされてきたことは疑いないであろう。明治五年に東小平の石神神社が村社に列したが、当社は無格社とされた。「西小平にも石神神社に匹敵する大きな神社が欲しい」との地元の強い要望から、明治七年に西小平の各地に鎮座する稲荷神社・桜木神社・黒石神社・駒形神社・石神社。 山神社の六つの無格社を、王政復古という当時の時流により、神武天皇を祀る当社に合祀したという。それ以来、地元では当社を「合社様」と呼び、当社の鎮座する山を合社山と呼んだが、同十四年に社名を日本神社と改めた。大正二年には村内の各社を石神神社へ合祀したが、当社はこれを拒否した模様で、「村社石神々社 《諸神合祀ノ際小平一同協議ノ上本社ハ旧来ノ通り祭置クコトトス」との一文を刻んだ大正五年の社殿建設記念碑が境内に建っている。社名にちなんで、サッカー日本代表チームを始めオリンピック代表選手等々の必勝祈願祭を行い、近年では各々のスポーツ選手や団体の参拝があり必勝達磨が人気を集めている。●御祭神と御神徳神武天皇・・・武運、国土守護、災難除け●御祭日・元旦祭(一月一日) ・初午祭(二月初午)・祈年祭(三月三日) ・春祭り(四月三日)・夏祭り(七月) ・例大祭(十月十七日)・新嘗祭(十一月二十三日)