桐原城跡の石積み、圧巻の美。
桐原城跡の特徴
小笠原氏の傍流が築いた桐原城跡の見事な石垣群です。
雪化粧した桐原城は美しい風景を楽しめます。
中世城郭の遺構がしっかりと保存されている場所です。
県史跡の「小笠原氏城跡」のひとつ桐原城は素晴らしい城址である。標高950mの山間に位置し、麓からの比高は約190m程度である。桐原城の遺構は素晴らしいのだが、入口がとにかくわかりにくい。大手入口の防獣柵から先がわかりにくく、間違った方向に進んでしまう人も多くいるだろう。自分も間違った道をかなり進んでしまった。松本市周辺の県市指定史跡の山城は遺構は素晴らしいのだが、整備が及んでなかったり、案内板がほとんどなかったりと不親切なものが多い。強く改善を促したい。桐原城もルートの案内はほぼ皆無である。しかし、城内の整備はされており、遺構も素晴らしく藪などは皆無である。構造は小笠原氏系の城のセオリーに沿っており、山頂部に主郭を配しその前面に段郭を配している。大手口近くにある段状に小郭を並べているのも小笠原氏系の特徴である。防御遺構は竪堀と堀切を多用しており、桐原城は特に竪堀の大きさ、本数ともに規模が大きい。また、小笠原氏系の城は石垣を用いているが、この桐原城の石垣は見事である。主要部に石垣を多用しており、その残存状態もかなり良い。桐原城は室町時代に小笠原氏家臣の桐原氏によって築かれた。戦国期にも桐原氏が在城していたが、1550年の武田氏の信濃侵攻時にまず埴原城が落とされ、桐原城も周辺の小笠原氏の各城とともに自落したという。その後の経緯は不明。桐原城は周辺の小笠原氏系の城の中でも必見である。石垣や竪堀の規模、残存状態ともぜひ見てほしい。ただし、ここも熊の出現には注意が必要である。
2024/6/10朝倉城→桐原城朝倉城攻城後、バイクでこの城に来ました。登城口の防獣フェンスの威圧感が半端ない(笑)頂上部まで向かう道中、案内板が設置されており、安心して進めました。要所に堀切や土塁、竪堀などの遺構がしっかり残されてました。圧巻なのが山頂、主郭付近にある何重にも張り巡らされた損傷の激しい石積群です。一面苔に覆われているところや、木が石積から生えているところもありカンボジアの世界遺産タ・プロームやラピュタの舞台に似てるなあと思いながら石積に魅了されぐるぐると歩きまわって、いざ下山しようという時に帰りの方向を見失っていて焦りました💦帰路は乾燥した落ち葉に足をとられたのもありますがこの日すでに2つ目の山城だったのでヘロヘロで登城口に戻ってきました。この後近くの林城址など攻め落としてない城がいくつかあるので攻城したかったのですが、時間も遅く疲れてたので久方振りに松本城を見て癒されることにして勝鬨を上げてこの地を後にしました。
入口を誤るとなかなかたどり着けないので注意が必要。猿よけのゲートは、右側の扉をあけて、すぐに斜面を登るのが正解。車道は歩かないように。
10/25/2023山辺ワイナリーに車を止め、ひたすらに坂を登った。柴宮社という飛鳥時代の「霧原の牧」から続くという神社を過ぎ、「桐原城址」の掲示がある登山口まで30分ほどか。入口には鉄製の大きな開閉門があり、そこを開けて中に入る。山のシカが果樹園に出てこないための措置と思われる。桐原城は室町時代、1460年に信濃守護として甲州からやってきた小笠原氏の幕僚となった桐原氏が、5代にわたって居城とした山城。1550年塩尻峠を超えて雪崩込んだ武田信玄の軍勢に恐れをなした小笠原が林城から逃散し、桐原城も戦うことなく城を明け渡し、以後廃城になった。鉄扉から中に入って1時間は歩いたろうか。ガードレールの付いた舗装道から、未舗装の道と歩き続け、道はどんどん狭くなったが、案内板などは一切ない。ただ、古い石垣の跡がそこかしこに見えるようになった。城は山の中腹にあったと言うが、風景から想像すると城の上部はほとんどが石垣に囲まれていたのではないか。500年前を思い浮かべ、また挑戦しようと思いながら、帰途についた。
小笠原氏の城入口の獣柵手前の路肩に駐車しました(近くの畑で作業されていた方に聞いたらそこで大丈夫とのことでした)トイレはありません入口ボックスに縄張り図がありました前々日に降った雪が20cm程度積もってましたが、入口から20分程度で副郭虎口に着きました城入口を入るとすぐに竪堀があります二重堀切を過ぎる辺りから段々に削平された郭が出てきます雪で隠れてますが小笠原氏の特徴の段々がよくわかりましたそこを過ぎると副郭(西側)に着きます石積は圧巻でした!カッコいいです✨虎口を通って登ると主郭の石積が目にとびこんできます林城、山家城より段違いに多い石積に感動しました主郭背後に土塁があり、土塁の下は2重の堀切で尾根が立ちきられてます切岸も鋭いです雪がとけたらぜひもう一度、行ってみたいお城です。
小笠原氏 城跡の桐原城。石積が凄い!小さい郭にも石積を使い、登って来る者を圧倒する凄さ!感動する山城です。
小笠原氏傍流の桐原氏の城跡。駐車場は無い。獣除けのフェンスを抜けて、あまり人の行かない登城路を登る。巨大な堀切の先に段郭群、そして大きな堀切を越えると石垣に覆われた主郭部に到達。いつ崩落するかもわからない微妙なバランスの石垣を見ながら主郭へ。展望はあまり無いが、信州の近世期以前の城郭を堪能できた。
標高952m、比高約212m前回は大手からだったので今回は海岸寺側から登った🧗新しい縄張図付きの説明板に無料パンフレットが置かれてた👌ナイスデスネ獣フェンスはパイプを上にずらして開けるタイプでチョイムズイ➰😅竪堀♪を ひたすら登ると大手道に合流した (;^_^A ゼーゼー連続堀切♬を越えるとさらに堀切♬に土塁♪にウッスラ石積み♪数えきれない段郭♬に虎口石積み♬畝状竪堀群は雪景色🎵🙌主郭の土塁も良く残る♬さらに背後に連続堀切♬などなど遺構のデパートや~(古)2022/3月の桐原は☃️雪残ってて とっても美しかったです👍️ちなみに桐原城と海岸寺遺跡の発掘調査報告書がネットで見れるよんスマホだと見にくいケド➰😅
※桐原城跡 (950m/190m)長野県松本市入山辺別名:蓮法城文化財指定:県指定史跡遺構:石垣,土塁,郭,堀城主:桐原氏歴史:寛正元年(1460年)桐原真智によって築かれたと云われる。天文19年(1550年)武田氏が埴原城(伝:イヌイの城)を落とすと、小笠原氏の林城・深志・岡田・桐原・山家の五か所の城は自落したという。登山口から登り始めて尾根先へまわりこんだ辺りから堀切や雛壇状の小段が連なっている。主郭は標高948m付近にあって背後をコの字状の高土塁と堀切で断ち切っている。 主郭から西へ続く主郭部の曲輪群には多くの石積が残り、虎口も明確に残っている。尾根には無数の堀切が施され、大半の堀切は竪堀として伸びている。主郭の背後にも石積を伴う二重堀切があり、その先の尾根にも堀底道状の変則的な竪堀がある。案内:登山口は追倉沢側にある。地図。入口の標柱に現在地より50分、比高212mとありますが主郭までの比高は150mほどしかありません。
| 名前 |
桐原城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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小笠原氏城跡の山城群の一つ。法面補強の為に積まれた石積がまるで岩村城をも思わせる姿です。獣避けフェンス前に車を停め登城口を上がると案内板が設置された竪堀や2重堀切の遺構を見る事が出来ます。主郭周辺は石積遺構が目立ち、無数の竪堀が四方八方に落ちているのが良く分かります。主郭北側は4重堀切らしいですが、浅くなって2重までは良く残っています。堀切から竪堀の遺構が目立ち、とんでもない土木量の城跡なのが良く分かります♪今後も遺構の存続に尽力願いたい物です。