新田荘遺跡の円福寺へ。
円福寺の特徴
円福寺は新田荘遺跡として国指定の史跡であることが魅力です。
歴史的価値を感じることができるスポットです。
見どころ満載で、多くの人が訪れる場所です。
2023年5月訪問。古墳の上に建立され、遺跡遺構の多いお寺。境内は公園にもなっており、子供の姿も多く見られました。御朱印は正法寺様にて拝受しました。
えんぷくじ、円福寺です。御室山金剛院円福寺です。新田政義が開基したと伝えられています。境内には新田氏累代の墓と、伝えられる石層塔等が有ります。目を閉じて、タイムスリップ!!
新田荘遺跡として国指定史跡です。山門を入ると正面に古墳があります。左側に新田氏塁代の墓が並んでいます。右側は本堂です。
円福寺(えんぷくじ)は、正式名を御室山金剛院円福寺といいます。真言宗の寺で、新田本宗家第4代の新田政義(まさよし)が開基したと伝えられ、政義が京都御室の仁和寺(にんなじ)から招いた阿闍梨静毫(あじゃりじょうごう)が開山(初代住職)といわれます。『吾妻鏡』によれば、政義は寛元2年(1244)京都大番役として在京中、幕府の許可を得ず突然出家したため幕府の咎(とが)めを受けて所領を没収され、由良郷別所村に蟄居(ちっきょ)することとなりました。円福寺が開かれたのはその頃と考えられます。境内には、新田氏累代の墓と伝えられる20基余りの凝灰岩製の石層塔・五輪塔群があり、そのうちの1基には元亨4年(1324)に「沙弥道義(しゃみどうぎ)」(新田義貞の祖父である新田基氏の法名といわれる)が72歳で逝去したことが記されています。また安山岩製の石幢(せきどう)があり、長享3年(1489)の銘文と六地菩薩像・延命地蔵一体が刻まれています。銘文中にある「宗悦上座」は横瀬国繁、「宝泉禅門」は岩松満国の法名とされています。(市ホームページより)大晦日の夜は鐘をつきに参拝にくる方の為に、地元の役員の方が甘酒などを準備して迎えてくれる。
新田荘遺跡の一つです。新田氏累代の墓と伝わるものがあります。
| 名前 |
円福寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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[新田莊遺跡] 新田氏4代政義公は、京都大番中(御所の警護のこと)に無断出家したため、領地を没収され別所に移り、この寺を開基したと言い伝えられる。別所茶臼山古墳(前方後円墳、長さ160m余、高さ11m余、県內第3位の規模)の東側に隣接している。前方部東側には、層塔、五輪塔などがずらりと横一列に並ぶ新田氏累代の墓があり、石段を上った墳丘上には千手観音堂、鐘楼、石幢一基、十二所神社などが並んでいる。古色紛々とした山門をくぐり抜けて入った境内の右手奥には、RC造でとてもカラフルでファッショナブルでモダンな本堂がデンと構えている。案内板🅿️あり。2025/9/15