佐野市で井伊直弼の歴史探訪。
天應寺の特徴
先祖代々の菩提寺として訪れる価値があります。
井伊直弼の墓がある立派な曹洞宗のお寺です。
現地は彦根藩ゆかりの地で特別な雰囲気です。
まさかの歴史上の人物が佐野市に‼️歴史好きな方は是非行って欲しいです✨🔔✨佐野市に生まれ育って早50年😅もっと早くに知りたかった👍🍓✨🍀🐰
曹洞宗瑞龍山天應寺に大老井伊直弼のお墓があると知り訪ねた。歴史に疎い私だが、安政の大獄や桜田門外の変で知られるあの井伊直弼である。東京世田谷の曹洞宗大谿山豪徳寺にも墓がある。家康の霊柩が元和3(1617年)、久能山から日光へ改葬された。その後、正保3年(1646年)から毎年京都の朝廷から日光東照宮への幣帛(へいはく)を奉納する勅使(例幣使という)がつかわされた。その勅使が通る道を例幣使街道と言う。曹洞宗瑞龍山天應寺は、例幣使街道の直ぐ側にあった。井伊直弼が曹洞宗であり、當山も曹洞宗だったことから、井伊直弼が山を切り開き寺を整備し休み処ともなる。
❶【参考 春日邑(かすがむら) 下野の昔ばなし 1955年】春日邑 かすがむら佐野市堀米の天王寺(本の記載漢字)に、奈良別王と刻された小さな石碑が立っている。もちろん後人が建てたことはわかりきっているが、古い言い伝えによってたてたのであろう。この寺は昔は山寄りにあったのを、後にここに移したものだといい、此の碑もその時共に持ってきたのだという。奈良別王(ならわけおう)が初代の国造として領地観察に此の地へ来られ、熱病にかかられて亡くなられたのを祈念したのだという。奈良別王は春日邑でなくなられたと、日本書紀にあり、春日邑とは信濃国だともいわれるが、ここ堀米も、春日邑といったが、後には穴咋邑(あなくいむら)となり、ぐっと後代に堀籠(ほりごめ)になったのが、掘米にたったという。あるいは命の徳をしたった郷人が信濃からその遺骸を盗んできて葬ったのかもしれぬという。この寺の鐘は昔、大洪水に流されて越名沼に入り、渡良瀬川へ転げ出て、利根川を下り、下総(しもうさ)についたのを、鐘の銘によってこの寺のだとわかり、先方から返しに届けられたことがあったという。
わたしの、先祖代々の、菩提寺です。井伊直弼の、辞世の句と、髪の毛を、納めた場所でも、有名です。
井伊直弼菩提寺佐野市に有りました行ってよかった。
曹洞宗の立派なお寺で、井伊直弼の墓が在ります。かなり古い墓石も在って、古刹の雰囲気プンプン。
当地が彦根藩だったことで、井伊家の墓碑があります。井伊直弼の戒名は17字でした。曹洞宗。
45年ほど前になりますが、高校の頃先生に、佐野市に井伊直弼の墓があると聞いたことを、ふと思い出して、インターネットで調べてお参りして来ました。当時は、どうでもいいと思っていましたが、調べると、小さい頃明治生まれのじいさんが、話していたことと、重なることがあり、おそらく江戸時代からの話なんだろうと、思いました。佐野市もおもしろい歴史があることに、この歳で気づきました。
田舎のお寺で良い所です。
| 名前 |
天應寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0283-22-2104 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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当お寺さんは実家がお世話になっている、関東平野最北端に位置する城下町佐野市に有り、佐野ラーメン、関東三大大師で有名です。是非訪れてみてください🤗