槻橋城跡を訪ねて、歴史の道を進もう!
槻橋城跡の特徴
槻橋城跡は加賀守護冨樫氏の家臣による城郭跡です。
室町時代の中世山城跡には土塁や空堀が残されています。
登城口近くに城郭縄張り案内資料が用意されています。
加賀守護 冨樫氏の家臣である槻橋氏による築城の様です。室町末期 加賀一向一揆によって守護 冨樫政親が討たれると槻橋氏もそれに殉じた様です。麓の月橋神社に登城口、また林道から主郭付近まで到達する事が出来ます。林道沿いに案内板も設置され、主郭背後の堀切から城域に入る事が出来ます。月の輪熊が出没するため注意喚起する表示板も見られます。
富樫氏家臣•槻橋氏の居城と言われている。長享の一揆の際に富樫政親と共に討死したと言われる。後に一向一揆が柴田勝家と戦った際にもこの城に籠ったとも言われる。槻橋神社斜め向かいに登山口有り。入口には案内と地図が書いてある紙があり縄張り図が記載されていて探索には重宝します。主郭の裏には林道があり車で近くまで行けます。登山道は枯れ葉が多く、縄張り図を見ながらウロウロしていたら帰り道が分かりにくかったです。登山口付近の平日の駐車は難しいかもしれません。林道から土砂を運ぶトラックがこの辺りで道を譲り合うみたいです。
槻橋神社近くの登城口に城郭縄張り案内資料あり。主郭を登りきった林道沿いに案内看板あり。
白山市指定史跡槻橋城跡月橋町の背後の御蔵山の尾根一帯にある、土塁や空堀から成る中世の山城跡で、室町時代に加賀国を治めていた守護大名富樫氏に仕えていた槻橋氏の居城として伝わっています。しかし、長享2年(1488)一向一揆により、富樫政親とともに高尾城で討死しました。この城跡では、焼米が出土し、ここに米蔵があったとされており「御蔵山」と呼ばれるようになりました。
多少やぶこぎ。
| 名前 |
槻橋城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.hakusan.lg.jp/bunka/bunkazai/1006458/1006455/1002445.html |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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槻橋神社脇から急こう配の坂道を15分ほど進むと主郭に到達した主郭は土塁に囲まれ北側に大きな堀切があり山道に面している多くの曲輪があるのだが藪が多く遺構は見ずらかった。