静謐な聖観音、龍福寺で巡礼。
龍福寺(鳥羽堂観世音)の特徴
恐らく古い歴史を感じさせる寺院です。
静けさが漂う境内で癒されます。
龍福寺の独特な雰囲気に感動しました。
龍頭山龍福寺といい天台宗のお寺で御本尊は聖観世音菩薩になります。信濃三十三観音霊場札所第二十八番になり、別称で「鳥羽堂観世音」と呼ばれていますが龍福寺は現在無住で徒歩で十分程歩いた全芳院(曹洞宗)が管理しています。龍福寺の開基は承和元年(834年)比叡山延暦寺の慈覚大師円仁が信濃路巡錫の折りにこの地に来て一本の柳の木の頭と胴と根元の部分から三体の観音像を刻み頭の部分で刻んだ観音像を鳥羽山の岩窟に安置したのが始まりと伝わります。胴の部分で刻んだ観音像を安置した寺が同じ丸子町御岳堂にある観音霊場二十三番札所の宝蔵寺になります。史実に依ると鳥羽山山頂の岩窟に安置し祀られていたといいますが無住になったために江戸時代中期に腰越近在の人々が不便な山頂から現在の地に堂宇を建てて観音像を遷して安置しました。鳥羽観音堂は石垣で整地された上に建ち入母屋造り銅板葺きの屋根を載せて正面に庇を付けていて、桁行三間の梁間三間の正面中央に上部に格子窓で下部を板張りとする引違戸を設けています。残りの壁は縦板張りとし高床式の床部分に廻り縁を廻らしている、左側の庇を支える柱に「龍頭山龍福寺」の看板を掛けています。
正式名称『天台宗・竜頭山・龍福寺』(信濃三十三番札所巡り・第二十八番札所)鳥羽山山服の洞窟に在った『御堂』は天文2年(1736)に現在の場所に移築され、『竜頭山・龍福寺』として建立されました。御本尊は『聖観音菩薩像』で『鳥羽堂観音』と呼ばれ親しまれています。現在は住職不住で、『御朱印・御札』希望の方は少し離れた『全芳院』さん迄行く必要が在ります。昔、『依田川』は大層な暴れ川だったそうで『柳の大木』を棲みかとする『龍』の仕業と恐れられていました。在る時、旅の『高僧』が村人の不憫を想い『柳の樹』に龍を封じ込め、その大木を切り倒してしまいます。その樹から『三体の仏像』を彫り出し、『頭の部分から造った=聖観音菩薩』を『竜頭山・龍福寺』に。『銅の部分から造った=聖観音菩薩』を『龍洞山・宝蔵寺』に。『尾の部分から造った=?』を『龍尾山・龍泉寺(前身は尾野山・平等寺)』に御本尊として納め敬いました。以後『依田川』が氾濫する事無く『一柳三体伝説』と共に此の地に伝わっています。依田川を見下ろす高台に在り、墓所も多いのですが登りが大変。裏手には『稲荷神』も祀られていました。
信濃三十三観音巡礼で訪れました。動物避けの柵を開けて入りました。このお堂の周りは動物が多いらしく、ハッキリした獣道が確認出来ました。早朝、夕方以降は注意が必要かと感じました。お堂はとても歴史を感じさせる建物で、周りは整備されていました。
龍福寺鳥羽堂観世音の辺りはかつて鳥羽氏の館跡だった。
結構な寺院だったと思われますが、今はだれもいません。廃寺になってしまうかもしれないので、早めに行っておいてよかった。
| 名前 |
龍福寺(鳥羽堂観世音) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0268-42-2196 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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