諏訪山城跡で歴史探訪!
諏訪山城跡の特徴
諏訪山城跡は室町時代末期の名城で、平野大膳が築きました。
山城内には堀切や土塁など、遺構が多彩に残っています。
無量寿院の南に位置する登山口からアクセス可能です。
鹿沼市深程に位置する諏訪山城跡は、室町時代末期に粟野城主・平野大膳によって築かれたと伝わる山城です。天正16年(1588年)には、佐竹氏の援助を受けた宇都宮国綱と、北条氏に属していた皆川広照との間で激しい攻防が繰り広げられた歴史を持つ、戦国時代の重要な拠点でした。城跡は、無量寿院の背後にそびえる標高約220メートルの山頂を中心に、巧みな縄張り(城の設計)が特徴です。特に、山腹を巡る長大な横堀や、敵の侵入を防ぐために複雑に曲げられた通路(虎口)、深い堀切といった、当時の戦闘的な城郭の姿を今に伝えています。これらの遺構からは、当時の築城技術の高さと、激しい攻防戦の様子をうかがい知ることができます。
ゴルフ場横の尾根上に山城遺構が続いてる👌堀切♬切岸♬竪堀♬横堀♬土塁♬段郭♪折れる城道に虎口♬などなど盛りだくさん🙌モチロン諏訪山北城にレッツドン🏃♂️標高約224m
麓から伸びる竪堀は良!(๑•̀ㅂ•́)و✧尾根をひたすら郭にして縦横無尽に走る規模は見所あり!横堀もしっかり残ってる!
お寺の南側下の駐車場に停めさせて頂きお寺西側の舗装された階段から登城しました。城跡に入ってすぐに竪堀が始まり、竪堀に沿って虎口、堀切のある平坦の中腹まで登ります。中腹は東西に長く、東に進むと堀切の先に比較的広い曲輪が有りました。堀切から南側一帯に土塁空堀が掘られており、見所かと思います。中腹の曲輪から北へ斜面をじぐざぐに登ると、途中に虎口を見つつ、主郭部に至ります。主郭部は自然地形を活かしていて、馬の瀬のような細い箇所や周囲が急斜面となっています。堀切を介して本丸が有ります。主郭部東側におりると曲輪跡が僅かに残っているのと、長い竪堀などが見られました。手の込んだ縄張の中腹部と、急峻な主郭部と二面性があり興味深い城跡でした。(北城は未踏です)
室町時代末期、皆川氏に属した平野大膳が築いた山城。無量寿院の左、道あり。登っていくと、フェンスあり(倒木を利用してこえました)尾根を更に登り稜線にでると左に土塁がありました。その向こう側に堀切があります。右に(北)進むとガッツリ堀切があって、超えると虎口の土塁があります、更に進むと両サイドに郭が有ります。尚も登っていくと(段郭あり。)勾配がゆるみ尾根に沿って右側に長く郭が有ります。更に登り堀切を横切って本丸に到着。224.2mの三角点、小さな城名板があります。西側一段下に小さな郭があります。
無量寿院のすぐ南に登山口があります。皆川氏と宇都宮氏がしのぎを削った諏訪山城の跡です。
| 名前 |
諏訪山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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皆川氏vs宇都宮氏の前線基地。本城と言われる諏訪山城はゴルフ場建設により隠滅しましたが、戦国末期に使用されたであろう東側の砦跡が今も尚素晴らしい遺構が眠っています。麓のお寺さんの脇に登城口があり、動物避けの柵の先には尾根まで伸びる竪堀が目立ちます。尾根に上がり東側へ向かうと切岸や堀切、またその下の郭を横堀が延々と延びている。直登も出来るが登城路跡と思われる連続虎口を越えて山頂部の尾根に張り付くとまた切岸が見えてくる。2つの郭があり、中間部には岩盤堀切。北側の郭には三角点が鎮座しています。ゴルフ場に降りないよう尾根伝いに獣道を行くと諏訪山北城へ行く事が出来るが、一枚岩や岩盤を多用した縄張りなのでトレッキングシューズは必須。また一部立ち入り禁止エリアがあります。鹿の繁殖地になっているので鹿出没は当たり前に遭います。下山は城山西側のゴルフ場へ向かう道路へ降りるのが良いでしょう、東側は断崖絶壁や沢を下る事になります。