前橋の雷電神社で安心祈願。
雷電神社の特徴
南方面を向いて鎮座し、日当たりが最高の場所です。
前橋名物焼きまんじゅうの原嶋屋さんから近いです。
落雷避けの神社として地元でも知られています。
南方面を向いて鎮座しています日当たり最高です。駒犬の顔が少し変だ。
前橋名物の「焼きまんじゅう」原嶋屋さんの近くにあり、待ち時間に寄ってみました。歴史がありそうな静かな雰囲気の神社でした。
落雷避けの神社です。狛犬が金網で囲まれています。こんなの見たことありません❗焼まんじゅうの原嶋屋から100mです。お参りしてみては❗
| 名前 |
雷電神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
027-221-8632 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
群馬縣管下上野國前橋市向町八拾壱番地鎮座 雷電神社御祭神 火雷命境内末社三峯神社(伊弉諾命・伊弉冊命)由緒慶應元年(1865)勧請、明治十年(1877)再興ス、當所年々雷火ノ為メ人民盡ク難渋ニ及フヲ以テ當國邑樂郡板倉村雷電神社ヨリ分靈ヲ迁祭、以来近隣雷災コレナク故ニ一同崇敬ス、明治三十二年(1899)二月二十四日許可當町三十七番地ヨリ移轉ス、大正九年(1920)十月二十九日明治三十九年(1906)勅令第九十六號ニ依リ神饌幣帛料供進神社トシテ指定セラル(「上野国神社明細帳」参照)前橋市平和町は、嘗ての町名は向町といいました。ここでは落雷がよくあり、そのため町に「雷電信仰」が起こりました。当初は、群馬郡東村上新田の雷電神社に、八十八夜の五月に入ると必ず参拝し、かみなり除けの御札を戸口に貼っていました。明治に入ると、末社参りのような消極的な信仰心ではだめだと、総本家である板倉の「雷電神社」に行くことになりました。板倉参りは、真剣そのものであり、毎年旧暦の三月になると、代参者二名が草鞋に脚絆で身を固め、途中一泊しなければ板倉には着かないほどの距離ですが、徒歩で出かけました。向町の雷電講が創設され、数年経った明治十年(1877)頃、思い切って板倉本社から分霊してもらい、町内に鎮座してもらえればいつでも参拝できるし町の守護神にもなっていただけるとうことで、町内の総意として神霊を迎えることになりました。明治十一年(1878)四月二十五日、総代として三人が板倉に出発。一方、町内では分霊の受け入れ態勢を整え、神域は今の雷電神社より南西側の向町三十七番地の本田観林の屋敷内に定められました。四月三十日、前橋全町のとび職が二百名ほど集まり、つっかけ草履に手に扇を持って木遣りでお迎え、役員は羽織袴に白足袋という姿で天川の町端れに整列してお迎えをしたといいます。露天商は八十軒も出て、向町始まって以来の賑わいだったと聞いています。明治十三年五月十二日午後三時ごろ発生した火事により神社は類焼しましたが、そのままの位置で移築、明治十八年(1885)落成しました。明治三十一年(1898)に再び焼失。移転の機運が高まり、北へ移動することになり、それが今の雷電神社の位置です。ここが選ばれたのは、ちょうど向町の真ん中だったからで、明治三十四年(1901)一月に完成をみました。(向町広報誌「いなずま」参照)