飯盛山のローマ市寄贈碑。
ローマ市寄贈の碑(イタリア国記念碑)の特徴
ローマ市から寄贈された記念碑が、歴史を感じさせます。
古代ローマ都市ポンペイ由来の神殿柱が使われており、珍しい文化財です。
白虎隊自刃の地に佇む碑は、訪れる人々に強い印象を与えます。
ローマ市寄贈の碑、通称「イタリア記念碑」は、イタリアと日本の友好を象徴する重要なモニュメントです。この碑は、イタリア政府から日本に贈られたもので、両国の文化的・歴史的なつながりを祝うために設置されました。デザインには、イタリアの伝統的な彫刻技術が用いられており、細部にわたって美しく仕上げられています。碑文には、友情と協力の精神が刻まれており、訪れる人々に両国の絆の深さを伝えています。この記念碑は、観光客や地元の人々にとっても人気のスポットであり、国際的な交流の象徴として大切にされています。
芸術と政治を混同させないでほしい。賛否あるが、歴史的価値のある記念碑だと思う。
教科書でお馴染みのムッソリーニ時代のイタリアから送られた像。これがここに来るまでのいきさつは結構グダグダでまたおもしろい話なのだが送られてきた像は立派で迫力あります。
飯盛山にも繋がっているので、行ってみることにした。長い階段の上の方に出た。会津若松が一望できる。ローマ市寄贈の碑があった。昭和3年(1928年)白虎隊精神に感銘を受けたローマ市より贈られた記念碑です。碑の表面にはイタリア語で「文明の母たるローマは白虎隊士の遺烈に不存の意を捧げんため、古代ローマの権威を表すファシスタ党章の鍼を飾り、永遠偉大の証たる千年の古石柱を贈る」裏面には「武士道の精華に捧ぐローマ市元老院及び市民より」と刻まれています。柱はローマの赤色花崗岩古代円柱で、上に大鷲の像、基石の四隅には矢束に鍼が配されていましたが、大鷲だけが昔の姿で残っています。と書かれてあった。
ファシスト党時代のローマ市から贈られたと。ドイツの碑の近くにあるのがまたすごいです。
初めて飯盛山に登って真っ先に目に入るのがこのモニュメントです。墓所の様な所を想像していたので???でした。説明板を見て納得。ローマ市から白虎隊に感銘を受けて寄贈された物だったのですね。
1928にローマから寄贈された碑こんな大きなローマの赤色花崗岩古代円柱を、よくぞ日本まで運んでくれたと関心します。
青銅の鷲。赤色花崗岩の古代円柱。(ボンペイから発掘した古代ローマ宮殿の柱)造形が素敵な碑です。
時代背景もあり、イタリヤから贈呈されたようである。贈呈当時は、遺族等の関係者にとっては、極めて名誉な事であったのだろう。
| 名前 |
ローマ市寄贈の碑(イタリア国記念碑) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 9:00~16:00 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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ローマ市寄贈の碑は、福島県会津若松市・飯盛山に建つ記念碑で、白虎隊士の悲劇に深い感銘を受けたイタリア側から寄贈されたと伝えられる石柱状のモニュメントです。建立は1928年(昭和3年)とされ、飯盛山の史跡群の中でも特に異国的な雰囲気を放つ存在となっています。碑は高さ約8メートルに達し、頂部にはローマ軍の象徴である青銅製の鷲(アクィラ)が据えられています。石柱部分は「ポンペイ遺跡から発掘された古代の石材が用いられた」と紹介されることもあり、古代ローマの意匠を思わせる独特の造形が特徴です。碑文にはかつて、白虎隊の行動を“武士道精神の象徴”として讃える文言が刻まれていましたが、第二次世界大戦後の占領期に一部が削られ、のちに部分的な復元が行われています。こうした変遷は、碑そのものが国際関係や時代背景の影響を受けてきたことを物語っています。建立の背景には、白虎隊の物語が海外で紹介され、若き隊士たちの忠誠心や自己犠牲の精神が“武士道”として評価されたことがあります。飯盛山にはドイツから寄贈された記念碑もあり、これらは白虎隊の物語が国境を越えて共感を呼んだ歴史的事実を示す象徴的な史跡です。現在、ローマ市寄贈の碑は白虎隊墓所の近くに立ち、飯盛山を訪れる多くの人々が足を止める印象的なモニュメントとなっています。日本の歴史と海外の視点が交差する場所として、飯盛山の史跡群の中でも特に異彩を放つ存在です。