歴史ある寺院で心落ち着くひと時。
照蓮寺の特徴
中心部から少し離れた場所にある、静かな雰囲気のお寺です。
豊川城山稲荷が隣接しており、歴史を感じられる一軒です。
お寺の敷地は大きくないが、立派な造りが印象的です。
非常に趣のある建物で歴史的建造物だそうです。御朱印をいただきに訪問したのですが、お休みでした。どうやらしばらくやってないようですね。静かに境内を見学させていただきました。
浄土真宗のお寺なのに御朱印をいただけるというのでお参りさせていただきました。鐘楼も大きくて大きなお寺でした。
実に紛らわしいのですが、高山市市街には同じ名称の「照蓮寺」が二つあります。戦国時代に金森長近が移転させた「高山別院照蓮寺」と、昭和38年の御母衣ダム完成に伴う水没から免れるため、白川郷中野から高山城二の丸跡に移築された、この「中野照蓮寺」です。歴史的には中野照蓮寺の方が古く、浄土真宗の宗祖親鸞上人の愛弟子「善俊」が、布教のために白川郷に入り創建したのが始まりとされています。鎌倉時代の、真宗が成立して間もない最も初期の段階ですね。当時は訪れる人も稀な、人里から隔絶した山奥だっただけに「人々の迷いや悩み、恐れを取り除かん」と、はるばるやって来たお坊さんが、村人たちにはとても嬉しかったのでしょう。この照蓮寺は飛騨国真宗布教の一大拠点となっていきます。この高山城跡に移築された中野照蓮寺 本堂は天正18年(1588年)に建築されたもので、現存する真宗様式の建物としては最古です。国の重要文化財にも指定されていて、煩雑な装飾や華美な色彩は一切ない、実用本位の清々しい美しさで佇んでいます。ミニマリズムの勝利です(笑)。一方の「高山別院」の方は、真宗勢力の力を恐れ協力関係を築こうとした金森長近が、新たに高山市街に土地を与え白川郷から移転を促したものです。組織としては高山に移りましたが、善俊以来の伽藍はそのまま白川郷に残され、村人たちによって保持されてきました。現在の中野照蓮寺の建物は、本堂と正門以外はかなり痛んでしまっています。おそらくは移転後も高山に移住した元村民により維持されてきたのでしょうが、名古屋など大都会に移住した人も多く、また村の水没から時間が経ち、二世・三世の世代ともなると村や寺への想いや感傷も薄れて、あまり関心を持ってもらえないのかもしれません。本堂だけは重要文化財であり、税金で保守されているのでしょうか。この後に御母衣ダムそばにある資料館に行ったのですが移転前の、在りし日の中野照蓮寺の映像が出てきて(写真参照)すごく感動しました。おお、今は壊れている特徴的な形の金属の屋根飾りが、映像中でも確認出来るじゃないですか!また照蓮寺の境内に見える桜の巨木はダム湖畔に移植され、「荘川桜」として今も春には美しい花を咲かせています。せっかく移築され永遠に失われることから免れたのですから、中野照蓮寺の建物もなんとか維持していって欲しいものです。
高山市の寺院でも歴史のあるお寺境内の整備を求めます。
浄土真宗では日本最古級の寺院です。外壁に五本の線が引いてありますが、真宗ではその本数で格式がわかり、五本は最上位のものであります。隣には赤い鳥居が目印の、豊川城山稲荷があります。
中心部からやや離れているが、なかなか雰囲気が良い。
観光客向けと一線を画した素朴な感じのお寺。人も少なくゆっくり参拝することができる。
結構酷評があるようですが、私的には行って良かったと思います。寺前にあるさか道から町中を一覧できるので、観光客もほぼいなくて、快い隠れ場ですね。
賽銭箱しか置いてねえぞ!なんもねえ!行く価値もねえ!
| 名前 |
照蓮寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0577-32-2052 |
| HP |
https://www.hidatakayama.or.jp/watch/%E7%85%A7%E8%93%AE%E5%AF%BA/ |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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すばらしいね!