会津中街道の歴史を感じる一里塚。
横林の一里塚の特徴
江戸時代の廻米の中継地として歴史を感じる場所です。
会津中街道沿いに残る二つの一里塚が見どころです。
あまり手入れが行き届いていない点は改善してほしいです。
会津中街道の一里塚。氏家宿から数えて9番目。東西に、二つの塚が、ほぼ原形をとどめて、残っている。底辺は、共に約12メートル、高さは、約3メートル、二つの塚間は、約18.2メートルで、東側の塚の上には、三角点がある。かつて、東側の塚は、林の中、西側の塚は、牧草畑の中、にあったが、平成十八年(2006)、田園空間博物館の一環として、周辺が整備された。会津中街道は、天和三年(1683)、日光大地震によって、葛老山が崩れ、鬼怒川支流の男鹿川を堰き止めて、天然ダムの五十里湖ができて、通れなくなった会津西街道に代わる街道として、会津三代藩主松平正容(まさかた)によって整備された。会津中街道は、全長、約128キロメートル。会津藩の廻米輸送にも使われた街道で、横林宿には、物資の中継ぎを行う問屋が、置かれていた。しかし、会津西街道が再整備されると、次第に使われなくなった。塚の周りの歩道が整備されていて、ゆっくり眺めながら、一周することができる。
江戸時代の廻米の中継地だそうです。頂上に三角点が有ります。
横林の一里塚は会津中街道の一里塚で、東西に2つがほぼ原形で残っている。地域の農村景観を形づくる貴重な文化遺産であり、江戸時代の歴史を物語っている。東側の塚の上には三角点がある。なお、かつて東側の塚は林の中、西側の塚は牧草畑の中にあったが、平成18年(2006)に田園空間博物館の一環として周辺が整備された。
自分的には気に入った場所、もう少し手入れしてあれば良いのになっ。参考までに、場所は歴史ある街道筋らしいのですが、霊感のある人は沢山の霊を視るとか視ないとか…。
道路の東西にある塚がきれいに管理されていました。
| 名前 |
横林の一里塚 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.nasushiobara.lg.jp/soshikikarasagasu/shogaigakushuka/bunkazai/2/7/2696.html |
| 評価 |
3.1 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
会津中街道の横林に築かれた一里塚。街道の両脇に塚が残る。