歴史を感じる古代城柵散策。
志波城古代公園の特徴
坂上田村麻呂の築城した志波城の雰囲気が感じられます。
無料で楽しめる広めの駐車場が完備されています。
特長的な史跡紹介VTRが見応え抜群です。
平安時代に坂上田村麻呂が築城したと伝えられる陸奥国最北端・最大級の城柵跡、現在は公園として復元・整備されています。多賀城政庁に匹敵する規模であり、本城の役割の重要さを示しているようです。公園内はとても広く、外郭南門ほか様々な建物などが点在していて見ごたえがあります。案内所には出土品などが展示室され古代の歴史を学ぶことができます。入場無料、盛岡駅からバスと徒歩でのアクセスも可能です。
桓武天皇の命により蝦夷の首魁たるアテルイを討った坂上田村麻呂が、この地における朝廷の支配を確かにするために築いた古代城柵です。朝廷の支配を北方に及ぼすための前線基地であり、行政の拠点でもありました。胆沢城に鎮守府が置かれるまでの一時期に鎮守府が置かれた可能性も指摘せれていますが、雫石川の氾濫により一〇年ほどで放棄されたため詳細は明らかにされていません。しかしながら東北自動車道建築に先立っての発掘調査によって、全国的に見ても最大級の古代城柵であったことが判明しています。中世以降の城郭と異なり、この頃の城は平地を四角く区切って、堀と壁をもって外と隔てているだけです。中の建物に防衛上の工夫は見られず、機能の上では中世以降の城郭よりも、現在の駐屯地、あるいは役所に近いものです。天険を活かした工夫もなく構造的な面白さに欠けるものの、わずかばかりの復元建築物以外に何も無い、ただただ広いだけの空間にたたずんで辺りを見渡せば、あれやこれやと妄想がはかどり、北西にある岩手山を遠望すれば、往古の人々とと同じ景色を見ているような不思議な気分にひたれます。公共交通機関でのアクセスはいまひとつです。最寄の志波城古代公園前バス停は一日一運行のみなので使い物になりません。盛岡駅からならさくっとタクシーを使ったほうがましです。もうちょっとなんとかならないのかと思わないでもないのですが、わざわざ足を運ぶに足る見ごたえの史跡です。
入園入館無料公園内は広い敷地で楽しめます。案内所も展示物あります。トイレ綺麗です。
出土されたものが少ないせいか分からないけれど、とても簡易な施設だなと。だけど、坂上田村麻呂に関わる場所だと思うと神秘を感じます。説明を読みましたが、結局盛岡市にあるのに「しわじょう」の理由は?って書いてあるのに、答えになっていなくて苦笑しました。内容を変えたほうが良いかと思います。グッズが少ないので購買意欲をそそられず、購入しないまま帰宅。なんかもったいない施設だなぁ・・・。
古代の城を再現しています。雄大な場内は圧巻の一言で当時にタイムスリップしたような感覚に。櫓や城壁、政庁、目隠し壁、住居など徹底的にこだわりぬいた復元の構造物は素晴らしいの言葉しかありません。歴史好き、そうでなくとも古代の空気を感じられる大変お勧めの場所です。ただしバス便は少ないので車かタクシーの利用が必要でしょう。また案内所では企画展や常設展示も楽しめスタッフさんも丁寧に案内いただけます。
2024年10月19日724年、現在の宮城県多賀城市に、その地名の由来となる古代城柵が創建された。2024年で創建から1300年となるのを記念して、多賀城をはじめとする古代城柵遺跡で御城印が配布された。多賀城(宮城県多賀城市)牡鹿柵(宮城県東松島市)伊治城(宮城県栗原市)払田柵(秋田県大仙市・美郷町)城輪柵(山形県酒田市)胆沢城(岩手県奥州市)志波城(岩手県盛岡市)徳丹城(岩手県矢巾町)御城印目当てに城柵巡りをした。古代城柵は、律令国家が本州東北部に支配域を拡大するための拠点として造営した、行政と軍事の機能を併せ持った施設と考えられている。ーーーーーーーーーーこの日は、岩手県に所在する3か所の城柵跡を回った。はじめに紫波郡矢巾町にある徳丹城跡、次に盛岡市の志波城古代公園に行った。志波城は、延暦22年(803年)征夷大将軍・坂上田村麻呂によって北上川と雫石川の合流地付近に造営された。陸奥国最北、つまり最前線の拠点だったが、短命だった。雫石川の氾濫による水害に遭い、城柵の機能は弘仁3年(812年)に造られた徳丹城へ移転された。ーーーーーーーーーー古代公園には、外郭南門、政庁の南門・西門・東門などが復元されていた。外郭南門の両脇には長い築地塀が連なり、櫓もあった。公園の西側を東北自動車道が通っている。途切れることなく、自動車の走行音が聞こえた。離れているので、騒音という程の音量ではなかったが、遠く、低く、唸るような音が公園中に響き渡っていた。永らく志波城跡は所在不明だった。1976年から東北自動車道建設に伴う発掘調査が行われ、築地塀などが見つかった。その後の調査で政庁や外郭南門が検出され、1984年に志波城跡として国の史跡指定を受けた。
東北の本髄を、同時に日本という国の成り立ちを知るヨスガに、訪問して良かった。新しく快適な建物の資料館には詳細な解説もあります。先に見ました。これほどの歴史、日本人の魂のあるべき姿がもっと考えられるべき、知られるべきと思った。晴れの日なら復元された域を20分もあれば歩き回れる。プラス資料館15分くらいとか。
陸奥国最北の蝦夷征討のための政庁跡。規模も多賀城と同じ規模で東北最大級。アテルイは胆沢の蝦夷頭領、こちら紫波はアヌシキという同時代を生きる蝦夷の頭領だったが、アテルイと異なり、朝廷への協力、帰属を願い出たという。しかしながら当地は度重なる水害に襲われ、また朝廷の平安京造営や蝦夷征討の費用など財政負担の厳しさから、ほどなく規模を縮小した徳丹城への移転を余儀なくされた。以降、東北地方の蝦夷統治は戦から同化・融和へ舵を切っていったという。縄文からの古い日本人のDNAを強く引いているであろう蝦夷が息づく地域。多賀城、堀田の柵、胆沢城柵、秋田城、そして徳丹城跡に紫波の城柵。蝦夷の人たちの考え方、生活、言葉などいろいろ知りたいことはたくさんある。
維持管理が大変そう。立派な城壁と門がある。
| 名前 |
志波城古代公園 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
019-658-1710 |
| 営業時間 |
[火水木金土日] 9:00~17:00 |
| HP |
https://www.city.morioka.iwate.jp/shisetsu/bunka/kinenkan/1006834.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
2025/08/141200年前の平安時代に坂上田村麻呂によってつくられた古代城柵である志波城を復元した歴史公園ひまわりやマリーゴールドが植えられてることもあり公園はいつでも散策可能だけどトイレや案内所は9:00-17:00しか空いてないので注意無料の駐車場8台分あり。