甲斐の塔で安らかな眠りを。
甲斐之塔(山梨県)の特徴
山梨県の戦没者慰霊碑で式典が開催される場所です。
昨年度も参列した方が多い歴史的な記念碑です。
供養のための訪問者が絶えない特別なスポットです。
塔建立の経緯「甲斐の塔」は、先の大戦における山梨県関係戦没者を慰霊するため、昭和 41年 11月 8日に「山梨県出身大東亜戦争戰没者慰霊塔建設委員会」が山梨県産の原石を用いて建立したものです。以来、甲斐の塔維持管理委員会(山梨県、山梨県議会、山梨県市長会、山梨県町村会、山梨県市議会議長会、山梨県町村議会議長会、一般財団法人山梨県遺族会の 7団体で構成)が維持管理にあたり、毎年 11月 8日を「甲斐の塔」慰霊巡拝の日と定め、遺族代表者と関係者により碑前で慰霊祭を行っています。当地選定の経緯八重瀬町(旧具志頭村)は山梨県出身の戦没者が多かったところです。そこで、山梨県南巨摩郡身延町(旧中富町) 中山出身の山中幸作氏が、私費を投じ、昭和 28年 6月 15日、当時の天野久山梨県知事の筆になる石碑を当地に建立し、沖縄戦で戦死した山梨県出身者の慰霊祭を行いました。こうした経緯から当地が選定されたもので、この石碑は現在も「甲斐の塔」の敷地内にあります。同氏は建設会社の社員として沖縄に滞在中、慰霊のため、この石碑を含む 5基の供養塔を各地に建立しました。その後、同氏は昭和 33年に御逝去されましたが、山梨県では、その功績を讃え昭和 39年に感謝状を贈呈しています。-碑文より-
私は山梨県出身です。いつも綺麗に掃除がされていて、具志頭の地元の方々や沖縄県民に心から感謝しています。ありがとうございます。
昨年度も同様で式典に参列して供養して来ました。
山梨県の戦没者慰霊碑。
| 名前 |
甲斐之塔(山梨県) |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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安らかにお眠りください。