華やかな天井絵の神社。
菅原神社の特徴
菅原神社の拝殿には華やかな天井絵があります。
奉納された絵馬がとても美しく目を引きます。
小さな神社ながら駐車場も完備しています。
辰頭温泉から植木インターへ歩いている際、立ち寄りここで休憩させて頂きました。永録年間に太宰府天満宮より勧請したと記してありました。ゆえにご祭神は菅原道真公になります。旧社格は村社のようです。本殿には奉納されたであろう絵馬が飾ってあります。こうした村の社には絵馬が奉納されているところが結構あります。ここは地元の方々が綺麗に整備されているようです。
拝殿の天井絵や奉納された絵馬が華やかです。
小さな神社です⛩駐車場もあります。砂利道。
| 名前 |
菅原神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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内空閑親貞が永禄年間(1558年-1570年)に勧請と記す。内空閑氏は南北朝時代に南朝方として下向してきた武士で鹿央の霜野を居館とし内空閑城など周囲に砦のような山城をいくつも作っていた。ここから北の豊田地区にある服部の五輪塔には「内空閑玄高」の名もあるためこの一帯を治めていたと考えられる。ただ内空閑親貞は天文二年(1533年)に戦死したとされるので社記とはズレがある。永禄年間といえば、菊池氏当主になっていた菊池義武(大友義鑑の弟)が大友氏に反乱を起こし1554年に没し、菊池氏当主が据えられることはなくなり菊池の家老達が大友宗麟による統治を受けていた時代。1559年に合勢川の戦いで家老の1人である赤星氏が大敗し隈部氏が勢力を伸ばしており、この時期はどうだったか分からないが数代後には隈部親家の娘菊姫を室に入れ、一時は菊姫の弟源三郎(のち内空閑鎮房)を養子にしたりと隈部氏との関係が深くなっている。そんな中なので永禄年間というのが正しいとするならば大友氏-隈部氏-内空閑氏という支配背景の中での勧請だったのだろうか。天井絵のボリューム満点なので一見の価値あり。