弾痕の家で感じる西南戦争の記憶。
弾痕の家の特徴
内部には赤十字発祥の資料が展示されている場所です。
明治13年頃の写真に基づく復元された土蔵があります。
西南戦争のモニュメントが昔の写真から再現されています。
銃弾の跡が残った建物です。中はちょっとした資料が置いてありました。
ここ田原坂は西南戦争最大の激戦地と言われておりかなりの弾が飛び交ったと言われています。こんなに銃弾の跡がみられるとさぞ当時も恐ろしかったと思います。音も凄まじかったでしょう。
24/9訪問当時の内戦の激しさを再現すべくとある写真をベースに再現した蔵。
2024年8月 訪問田原坂公園の駐車場に車を停め、公園内への階段を上がっていけば、すぐ左にあります。土蔵に数々の銃弾の跡があります。しかし、意外と新しいな、と思ったら、当時の写真をもとにして、昭和63年に再建されたものでした。現在は、田原坂の激戦と博愛社、今の日本赤十字の設立、取り組みについての展示がされています。*******以下、説明板より西南戦争戦災の土蔵西南戦争当時、田原坂の頂上(植木町大字豊岡字休居二二四四番地)にあった松下彦次郎家の土蔵は、両軍の銃弾で無数の疵を受けました。田原坂の戦い直後に、長崎の写真師上野彦馬氏撮影の写真と、明治十三年頃に、熊本の写真師富重利平氏撮影の写真が残されています。(明治:十四年に松下家は、他県へ転出されていますので、その頃土蔵は、取り壊されたかもしれません。)植木町では昭和六十三年に、富重氏の写真を参考にして、土蔵を復示しました。
内部に赤十字発祥の資料が展示されています。無料で観覧できます。
明治13年頃に撮られた写真を元に復元された土蔵です。蔵の前にその事を説明する看板が立ててありますが、長らく風雨に晒されているからか、色褪せや汚れが目立ちます。読めないことは無いのですが、もう少し管理が行き届いていると嬉しいですね。蔵の中は博愛社(日本赤十字社の前身)の資料館(無料)になっています。熊本は日本赤十字社発祥の地なんですね。(2023.10)
資料館がありわかり易かったです。
昔の写真から再現された西南戦争のモニュメント。相当数の弾が飛び交い、弾どうしがぶつかっているという話は知られています。
田原坂公園「弾痕の家」:戦いの爪痕と平和への願い田原坂公園の一角に佇む「弾痕の家」は、西南戦争の激しさを物語る生々しい遺構として、訪れる人々に深い印象を与えます。その壁に残る無数の弾痕は、当時の激戦がいかに凄まじいものであったかを、雄弁に物語っています。内部の展示も充実しており、当時の暮らしや戦いの状況を垣間見ることができます。一つ一つの弾痕を внимательно 見ていると、その奥に潜むであろう人々の恐怖や悲しみといった感情が伝わってくるようで、戦争の悲惨さを改めて痛感させられます。美しい自然に囲まれた田原坂公園の中で、この「弾痕の家」は、過去の出来事を静かに語りかけ、平和の尊さを私たちに教えてくれる、かけがえのない存在です。
| 名前 |
弾痕の家 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
西南戦争で受けた弾痕を表現した復元土蔵です。戦闘の激しさを再認識いたしました。中は田原坂の戦いを契機として発足した日本赤十字社の前身「博愛社」の活動や当時の医療関係資料などが展示されています。