琉球時代の王、世之主の墓。
世之主の墓(ウファ)の特徴
琉球王国時代の悲劇の王、真松千代の墓がある史跡です。
サンゴの崖をくりぬいた見事な石造りのお墓は必見です。
奄美群島随一の規模を誇る壮大な遺跡が魅力的です。
沖永良部島はサンゴ礁が隆起して出来上がった島なので、石灰岩地形が発達していています。そのため、石灰岩を掘り込んで造られた墳墓が好んで作られたようです。現在、岩陰墓・掘り込み墓(トゥール墓)と呼ばれる墓のことです。かつてトゥール墓は島内に多く存在したようですが、経年変化や開発によってその数を減らしています。で、この世之主(よのぬし)の墓です。これは当時の形状が良く保たれた墳墓で、1966年(昭和41年)3月に県の指定文化財となっています。2023年6月、ふと思い立って奄美大島~喜界島~沖永良部島をぶらついて来ました。成田発の「桃」航空で奄美大島まで飛び、その後はRACでという概要です。沖永良部島は一泊の予定でした。狭い島ではありますが、のんびりしていると回りそびれます。というわけで空港に着くと速攻でレンタカーに飛び乗りました。そして、なんとなく行きついたのがこの墳墓でした。墓の主は西暦1400年ごろの島の王で、名を真松千代とお呼びしました。当時の沖永良部島は琉球王国の統治下にありましたが、政情は不安定だったようです。琉球王国からの伝令船を侵攻船と誤解し、一族もろとも自害をしました。島の王が死ぬことで島民に類が及ぶことを避けたと言われています。墓の主が亡くなり600年以上たちました。お祀りする子孫の方もいらっしゃらないのでしょう、現在は和泊町教育委員会の管理下に置かれています。我が一族も二坪ほどの墓地を所有しておりますが、最近墓じまいの話が持ち上がっております。尊卑を問わず個人でのお墓の維持は難しいですね………2025.11.14
14~15世紀頃に島を治めていたとされる人物の墓で、二重の石壁に囲まれた中庭を持つ琉球式のお墓です。一部が石積崩落による工事中でした。世之主は、琉球国を分割統治していた北山・中山・南山の3勢力の1つである北山王の次男で、琉球から和睦にやってきた船を戦船と間違えた部下の伝令を信じて、妻子と共に自害したと語り継がれています。
地理的位置の関係で琉球の影響が強い。琉球石灰岩を彫りこんだトゥール墓のため、貴重な存在、近くに咲いていたカンヒサクラが綺麗だった。
世之主(よのぬし)は沖永良部島を治めていた島主の呼び名。琉球三山時代、沖永良部島は今帰仁城の北山の支配を受け、北山が中山に滅ぼされると沖永良部島にも中山の船がやってきました。世之主にはその船が侵略に来たのか和睦に来たのか分からず、島民を戦火に巻き込まないよう妻子ともども自害したそうです。実際は和睦に来た船であり悲劇の死をいたみ島民により建立されました。
沖永良部島にある世之主の墓は、1400年頃の琉球王国時代の王の墓です。この王は、中山の船が侵略か和平かの判断がつかず、誤解から家族と共に自害しました。この墓は王と家族の遺骨を安置するための石門と納骨堂で構成され、女性の子宮を象徴する形状をしています。県指定文化財であり、琉球式トゥール墓の美しい例です。沖永良部島の豊かな歴史と文化を感じられる貴重な場所です。The Tomb of Yononushi on Okinoerabu Island is the final resting place of a king from the Ryukyu Kingdom, dating back to around 1400. The king tragically committed suicide with his family due to a misunderstanding, unable to determine whether an approaching ship from Chuzan was hostile or peaceful. Chuzan was one of the three principalities in the Ryukyu Islands during this period, often engaged in political and military struggles with the others. The tomb, consisting of stone gates and a chamber for storing the remains, symbolizes a woman’s womb. It’s a designated cultural property and a beautiful example of the Ryukyuan Tūlu-style tomb. This site offers a valuable glimpse into the rich history and culture of Okinoerabu Island.
かなり大きな史跡です。形を残している事が凄い。
2023/1月上旬西暦1400年ごろ、沖永良部島は現在の沖縄県にあたる琉球王国の統治下にあり、この墓は当時の島の王のものだそうです。沖縄からの船を部下の伝令のミスで攻撃と勘違いし、妻子ともども自害してしまった悲劇の王です。世之主の墓は石門で囲まれ、中には王様と奥様、子や家臣たちの骨壷が安置されています。(鹿児島県観光サイトより)
桜が綺麗でした。歴史のある墓には雰囲気がありました。
2022年11月15日(火)に訪問15世紀前後に沖永良部島を治めていた悲劇の王、真松千代(ままつじょ)の骨壺などが安置されているという、奄美群島随一の規模を誇る古墳だという。周囲を囲んでいる石積みは、明らかに琉球文化のものだという。1609年の島津侵攻以降にこうした墓が継続していたということでとても興味深いという学者もいるほどの貴重な墓。あまり大々的に観光地化されていないが、これはおススメです。
| 名前 |
世之主の墓(ウファ) |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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この土地に今居られるおかげさまを御礼するため訪問。ご先祖様が多く眠る墓地の先に数台車が停められる空き地がある。崩落などが起きないようシートや柵で囲われている場所もみられた。