醤油発祥の地、角長で歴史を感じる。
角長醤油資料館の特徴
醤油発祥の地、湯浅で歴史を感じられる場所です。
無料で入場できる資料館で醤油の成り立ちを学べます。
古代の醤油製造道具を実際に見ることができる貴重な施設です。
手造りで醤油を製造することの難易度を知ると、工業化の進展によって簡単にいつでも醤油が手に入れられる現状に深く感謝したくなります、
2025.09.27土曜日和歌山県の湯浅の花火大会見に行きました醤油の資料館もありかなり楽しめましたよ。
土曜日の13時頃利用しました。空いていて貸切状態でした。無料の資料館です。一階と二階に展示物があり、二階でビデオを視聴できます。受付の女性がとても説明上手でした。醤油の歴史や作り方をわかりやすく話してくれるので、勉強になりました。近くのお店で醤油のお試し2本セットを購入しましたが、それぞれに合うお刺身の食べ方なども教えてもらえました。帰りにお刺身を購入して、教わった通りに食べましたが美味しくいただけました。受付のお姉さんお世話になりました╰(*´︶`*)╯♡
近くにお店も構える角長醤油さんの資料館。醤油作りの器具や資料を見学でき、ビデオも流されていました。湯浅醤油が日本における醤油の起源とのこと。その元は、僧侶が中国から金山寺味噌を持ち帰ったこと。そこからの液体をとるために、醤油作りが始まったとのことでした。
天保12年1841年創業の歴史ある醤油屋さんが資料館として無料で開放してくださっています。昔の醤油作りの工程や使われた道具が展示してあり見ごたえがあります。
醤油発祥の地と言われる湯浅の老舗「角長」の醤油資料館。
(2022年5月情報)日本の醤油の故郷と言われている湯浅の醤油は、当時に近い製法を守っているのは、ゆささの地ではこちらの角長さんのほか、もうほとんど残っていないないそうです。当時の醤油の製法の様子を、その道具や機械とともにそのまま展示した資料館。千葉県銚子の醤油(ヤマサやヒゲタなど)も、湯浅からの移民が黒潮にのって、銚子にやってきて主にその製造を担ったと言います。ここ資料館によると、日本の醤油の由来は、中国の宋に渡った法燈国師(1207ー1299)が、中国の金山寺味噌の製法を日本に持ち込み、その製法時に桶底に溜まった液や上澄の液が醤油の元になったそうです。なぜ湯浅で醤油作りが発展したのか?以下巽好幸著『「美食地質学」入門』109−110ページより麹菌が湯浅醤油発展の鍵を握っている。穀類のデンプンを、発酵可能なブドウ糖へと糖化させるには麹菌が健やかに育たなければならない。この麹菌の生育にとって最大の敵は「鉄分」であり、鉄分の多い水を用いたのでは糖化がうまく進まず、うまい醤油はできない。この麹菌の特性にこそ、由良に代わって湯浅で醤油作りが発展していった理由である。この由良あたりには、1億数千万年前の付加体、、おおよそ1億年前から数千万年前の付加体と地下深部から上昇してきた変成岩、それにごく最近(約1万年前以降)に河川などが堆積させた砂利が分布している。・・・興国寺は混在岩からなる小山に建っているし、由良の背後にも、この混在岩が広く分布して山地を成している。だからこの辺りの水は混在岩、特にその中に点在する玄武岩中の鉄分を溶かし込んでいる。そのせいで醤油の製造に欠かせない麹菌の活動が制限されてしまい、良い醤油が作れなかったに違いない。一方で湯浅の河川や地下水は、鉄をほとんど含まない砂や泥の地層を通り抜けてくる。そのため、麹菌の働きを最大限に生かせるのだ。湯浅の人たちは「湯浅の水が醤油づくりに適している」というが、その原因は地質にある。
1866年建築の醤油の仕込み蔵に、当時の道具を中心に展示、説明がされており、とても面白く拝見出来ました。近くに角長の醤油販売店もあり、昔ながらの製法で作られた、醤油や長期熟成の醤(びしお)などが購入出来ます。隣に木造の工場もあり、そこは学校関係者には見学もできるそうです。
今の中国が宋と呼ばれた時代に後の法燈国師が径山寺(きんざんじ)で栄養価が高いなめ味噌の製法を学び帰国する。1227年鷲峰山興国寺を由良の地に開山し近郷近在の人々に味噌づくりを教えたが、由良の地の水は硬水の為に品質向上を求めてより良い水のある湯浅の地でも径山寺味噌(金山寺味噌)の製造がその後始まったそうな。当時の金山寺味噌製造工程では大豆や付け合わせた野菜から水分がしみ出し、味噌桶の底に溜ったその液体こそが偶然の産物醬油の誕生なわけらしいですよ。
| 名前 |
角長醤油資料館 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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季節限定の生醤油や醤油ソフトクリーム、金山寺みそなどお土産を購入するのがメインとなります。