碇石大楠御守で心を守る。
碇神社の特徴
碇神社は奈良時代から存在し、広島では最も由緒ある神社です。
碇石大楠御守は、個性的な葉っぱの色味や金粉の振り方が魅力です。
毎月1日には神主さんによる御朱印が現地社務所で受けられます。
宝勝院の隣にあります。御朱印は、月次祭以外の日は、近くの東照宮で頂けるそうです。
近くに来たらまた寄らせてもらいます🙏
海からかなり離れた所なのに「碇」?どうやら昔、この白島は海に浮かぶ島だったようで、船が停泊していたようです。16世紀末に広島城が築城される以前から社があり、奈良時代からあるとか。市内では最古の神社です。ビルが建ち並ぶ街中ですが木々に囲まれた小さな境内は喧騒から切り離されて良い雰囲気です。以前元日にお参りした際はとても賑わっていて御朱印を頂きました。平日もたまに参拝される方がいます。神聖さと言うより、ゆるゆるとした穏やかさを感じる癒され系神社です。
一日と祭り事でしか神主さんは居ません1番古い神社だそうです碇石大楠御守(いかりいしおおくす おまもり)は葉っぱの色味や金粉の振り方などが違い味わいのあるし...好きな1枚を見つけてお守りにするのもありですよ。
令和6年8月12日参拝。
白島が箱島と呼ばれていた奈良時代からある広島で最も由緒ある神社です。こじんまりとしていて奈良の春日大社や伊勢神宮に比べれば劣るかもしれないですが、祀られてる箱島明神という神様は大変温かい方で、お参りするたびに神様がいるなというのを感じられます。少なくとも私にとっては波長の合う神様です。
『樂音寺神名帳』に記載のある、安南郡 四位十八前 筥島(はこしま)明神に比定されている神社です。
誰しもいない。
毎月1日は現地社務所にて神主さんに直接 御朱印を書いていただけます。15時ギリギリに伺いましたが参拝後 快くご対応いただきました。
| 名前 |
碇神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
082-261-2954 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
碇神社(いかりじんじゃ)は、新白島駅の東500mほどの広島市中区白島九軒町に鎮座している神社です。旧社格は村社です。奈良時代、白島地区の周辺は「青海原」と呼ばれる広大な海で、その中に「箱島」と呼ばれていた小さな島が浮かんでいました。周辺には大きな岩盤があり、船の難破が相次いだため、海と地を鎮める神として「大綿津見神(おおわたつみのかみ)」が祀られたのが始まりとされています。平安末期の古文書『安芸国神明帳』に記された「箱島明神」は、当社のことであると推考されています。その後、往来する船がこの島に船を着けるために碇を下ろして停泊し、航海の安全や産業の繁栄を祈願したことから「碇神社」と呼ばれるようになったと伝えられています。天正17年(1589年)戦国大名の毛利輝元が広島城を築城する際、箱島周辺の海は徐々に埋め立てられて陸地化し、神社は「白島町の氏神」として改めて位置づけられました。輝元は社殿を新しく造営し、城下町の最古の氏神様として武士や町人から篤い崇敬を集めるようになりました。昭和20年(1945年)8月6日の原子爆弾投下により、長い歴史を誇った木造の社殿はすべて焼失してしまいます。爆心地から約1.8kmという近距離だったため、境内は甚大な被害を受けました。戦後の昭和40年(1965年)氏子や地域住民の熱意と尽力によって社殿が再建され、現在の姿へと復興を遂げました。現在の境内には、原爆の爆風と熱線を浴びながらも奇跡的に生き残り、力強く新芽を伸ばして成長した「被爆樹木」の桜(ソメイヨシノ)やタブノキが現存しており、訪れる人々に復興の象徴として親しまれています。現在は広島東照宮の神職が祭祀を兼務しており、夏越祭や秋祭りでは伝統の「碇太鼓」が奉納されるなど、今なお広島の歴史を伝える大切な氏神様として地域を見守り続けています。御祭神の「大綿津見神(オオワタツミ ノ カミ)は、日本神話に登場する海の神です。「ワタ」は海の古語、「ツ」は現代語の「の」、「ミ」は神霊を意味しており、文字通り「海の神霊」そのものを表しています。伊邪那岐命(イザナギ)と伊邪那美命(イザナミ)による「神生み」の際に生まれた、一番最初の海の神で、海そのものの自然現象や、広大な海全体に対する信仰を象徴しています。