多治速比売神社で歴史を感じる!
多治速比売神社の特徴
室町時代の建造物が美しい国の重要文化財です。
秋の紅葉や春の桜が訪れる人々を魅了します。
参道では美味しい手作りこんにゃくが楽しめます。
風鈴や和傘など皆さんの努力を感じる場所!しっかりとお賽銭をし、神主初め、巫女さんの人柄に触れ、神様と一体となったそのお力頂きましょう。来るものに幸あらんことを!
2025.4.9に訪問しました。立派な社殿で、社殿右手の社務所で複数種類の御朱印を取り扱っていました。
荒山公園も自然が綺麗で神社境内もお社もとても綺麗です✨空気も澄んでいて良い所です✨本殿の多事速比売様素盞嗚様菅原道真様の他にも末社も6社ありよく御参りさせて頂いております✨
多治速比売神社に猫様がいるじゃねーか!泉ヶ丘から歩きで迷いながら1時間、陶荒田神社に行ってそのついでに多治速比売神社までまた1時間歩いて行きました。若いねぇちゃんに節分の日が終わらないと手書きの御朱印ゲッチュするのはできないと言われたが通りすがりの猫様で全てのストレスが吹き飛びました!🐈これも神様の導きか知らんけれど雨も降らず何やかんや運動にもなったし太陽は眩しいし良い一日を過ごせました🐈(吾輩は猫である、名前はまだにゃい)
参拝し、御朱印をいただきました。一応昼休憩があるみたいで昼は13時から御朱印受付で待っていたのですが、他の方が普通に12時50分位に社務所で何かしてたので行ってみると、受付時間前にも関わらず御朱印を書いてくれました。神社敷地はそこそこ広く、落ち着いた雰囲気がとても居心地が良かった。何もわからず参拝したのですが、赤ちゃんを抱っこした参拝者が見受けられました。(そういう神社なのかな?)小さなお子さん連れの家族が本殿をバックに写真を交代で撮っていたので声をかけて、家族写真を撮ってさしあげました。この行いが巡りに巡って良いことがありますように。(なんてね)駐車場は無料でした。季節によって違うのかな?
創建は西暦530~580年とのことで本殿に至っては室町時代の建造物により国の重要文化財に指定されているそうです。御祭神は多治速比売命(たじはやひめのみこと)で女神であることからご利益は厄除、安産、 縁結びの神とされる一方、本殿には合祀神として菅原道真公(学問の神)も祀られていることから合格祈願でも親しまれているのではないでしょうか。当日は風鈴祭りが行われており綺麗で涼しげな音色を奏でるなかお宮参りのご家族が参拝に来られていました。また訪れたい神社です。
夏越の祓えのタイミングでお詣りさせていただきました。風鈴、風車など、とても華やかで素敵な神社でした。
はじめての参拝。荒山公園に隣接していて駐車場もありました。平日だったので参拝されてる方も少なくウグイスや風鈴の音がとても癒されました!境内とても綺麗にされている神社だと思います御朱印は直書きで頂きました!ありがとうございました!
雨が降っていたので、人も少なく、落ち着いて参拝出来ました。おみくじがさくらで、とても可愛いです。繁忙期は書いてもらえない御朱印も、閑散期はちゃんと手書きで頂けます。
| 名前 |
多治速比売神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
072-297-0726 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 9:00~12:00,13:00~4:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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多治速比売神社(たじはやひめじんじゃ)。大阪府堺市南区宮山台。式内社(小)、旧郷社。荒山宮(こうぜんのみや)とも呼ばれ、境内の周りは荒山公園として賑わっている。主祭神:多治速比売命 (配祀)素盞嗚尊 菅原道真 藏王權現<摂社>左殿:式内小社 鴨神社 和泉国 大鳥郡鎮座 【祭神】加茂別雷神右殿:式内小社 坂上神社 和泉国 大鳥郡鎮座 【祭神】阿智使主(渡来系氏族の「坂上氏」が祖の阿智使主を祀った。「陶邑窯跡群」において陶器を製造関連一族)資料によると、宣化天皇(530年)の頃の創立という。山上の大社できれいに整備されている。陶器生産を専業とした帰化人系集落の守護神として五世紀中頃に創祀されたと思われる。主祭神は多治速比売命で、女神として安産・縁結び・厄除の守護神として厚く崇敬されている。多治速名媛命は景行紀に穂積氏忍山宿禰の娘とある弟橘姫命を指すというが、特選神名牒は「橘姫に非ず」とあり、はっきりしない。また一説には丹比氏や丹治比君の祖神であるとも言われているものの、いずれも推測の域を出ません。ただ、当地は河内国丹比郡に近く、元はタヂヒと称した「丹比氏」と関わっていることは可能性として考え得ることでしょう。中古には日蔵上人が感得した牛頭天王・天満大自在天神・藏王権現の三神を祀つていた。本殿には素戔嗚尊・菅原道真公・蔵王権現の三体も合祀され、特に道真公は学問の神「天神様」として厚く信仰されている。また本殿の左右に鎮座する鴨田社・阪上社はいずれも式内社で明治末期に平井村・太平寺村から合祀された古社である。さらに境内末社に住吉社・春日社・大神社・熊野社・白山社・福石神・稲荷社と和田村・伏尾村から合祀された八幡社、大庭寺村から合祀になった弁天社などの八百よろずの神々が鎮座され合わせて荒山宮とよばれている。明治初年までは、神宮寺の社僧が社務を氏子立合の下に執行したため、世襲の神主家も存在しなかつた。本殿(重要文化財) - 室町時代の天文8年(1539年)から天文12年(1543年)の間の再建。様式は三間社入母屋造で正面に千鳥破風があり大きな向拝があって、それに軒唐破風がついている。とあります。