桜門正面の圧巻、蛸石!
枡形の巨石の特徴
大阪城桜門を入ると目に入る、驚異的な大きさの蛸石。
108トンの重さを誇る蛸石は、その名の由来が気になる存在です。
本丸玄関口の桜門内にあり、圧倒的な迫力の石垣が広がります。
精密に造られれた巨石に見惚れてました。縦長の小さな石にも目を奪われますね。
桜門の内側には本丸の正面入り口を守るため、石垣で四角く囲まれた「桝形」という区画が設けられ、上部には多聞櫓が建てられていました。この桝形は寛永元年(1624年)、備前岡山藩主 池田忠雄の担当にうよって築かれたもので石材は備前(岡山県)の花崗岩が使用されています。正面にある「蛸石」と呼ばれる石は場内第一位の巨石で重量は108トンあると推定されています。
■枡形の巨(大阪城)大阪城の城壁に配された巨石。城門の内側に枡形を型取った人溜まり場がある、其処に権威と威容を魅せた巨大な岩を配した。建立:寛永元年(1624年)頃●桜門の内側正面に並ぶ蛸石と振袖石、左手が城内第一位「蛸石」、右隣りが第三位「振袖石」。京橋口の枡形(虎口)に城内第二位「肥後石(ひごいし)」が配されている。蛸石:表面積36畳敷き(59.43㎡)、重量108トンと推定。肥後石:33畳敷き(54.17㎡)振袖石:33畳敷き(53.85㎡)◉50年は見ているが全く変わらない巨大石。家康が1616年に死去、秀忠が1623年に亡くなり、3代将軍家光の世の中、見る者に徳川将軍家の威光を示した築城の威容が此処に遺る。江戸初期の遺構。
桝形の突き当たりにありとても目立っていました。これは本当に大きい石でした。この石の前に人が立つと大きさがよくわかります。どうやってここまで運んだのか想像するだけでも大変そうな大きさでした。
「桜門枡形にある巨石」は、とにかくデカい!とにかく圧倒される!という感じのスポットです。別名「蛸石(たこいし)」とも呼ばれ、推定で130トン以上もあるんだそうです。こんな巨大な石をどうやって運んだのか…と思うと、昔の人の力と知恵に感心します。場所は大阪城の桜門をくぐるあたりで、観光ルートの途中にあるので、立ち止まって眺める人も多いです。魅力はなんといっても、そのスケール感!石の表面のなめらかさや、継ぎ目の少なさにも注目です。
大手門から入城した際にボランティアガイドさんから教わった「蛸石」。場内で一番大きな石だそうで、大手門より大きい石があるよと。教えてもらわなければ、大きな石だなぁと思うくらいで、素通りしていたかも。ガイドさんに教えてもらうと、大きなお城だけでなく、その周りにも歴史を感じる事が出来ました。
桜門をくぐって正面にある巨石が、大坂城で最も大きな巨石として有名な「蛸石」です。石の表面積は36畳、重さは108トンもあるそうです。桜門の内側には、本丸の正面入口を守るため、石垣で四角く囲まれた「枡形」とよばれる区画が設けられ、石材は岡山県産の花崗岩が用いられました。桜門をくぐって正面にある巨石は、蛸石とよばれる城内第1位の巨石で、表面積がおよそ36畳、重量は約108トンあります。向かって左手の巨石は振袖石とよばれ、表面積はおよそ33畳で、城内第3位の大きさです。
大阪城の桜門をくぐったさきにある石垣に使われている巨石。こんなのエジプトのピラミッドでも使わないだろというくらいどデカい石でこれを運んで来たと考えると天下人秀吉の権力と当時の人々の苦労が偲ばれます。昔聞いた話では蝦夷地の昆布を敷き詰めてその上を昆布の滑りを活かして石垣に使う石を滑らせ運び使い終わった昆布を出汁に再利用したので関西に昆布出汁文化が定着したとかしてないとか(笑)
本丸玄関口の桜門を抜けると正面の石垣に巨大な石が存在する。36畳程の大きさとのこと。大阪城内で最も大きい石。矢印の部分が蛸の模様に見えることから蛸石という。
| 名前 |
枡形の巨石 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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徳川期の大坂城再建の際に、遠く備前(岡山県東部)から運んできたそうで、切り出して船積みした石工や船頭もすごいですが、荷揚場から運んできた人夫もすごいですなぁ。中世の日本の土木技術なめんな、という意気込みが垣間見えます。