相国寺光源院で特別公開の美を堪能。
光源院の特徴
相国寺の塔頭で御朱印をいただける貴重な場所です。
干支や七福神を楽しめる襖絵が見どころの寺院です。
紅葉の季節に訪れると美しい光景が広がります。
2024年 3月9日 第58回京の冬の旅光源院 特別公開光源院(こうげんいん)は室町時代中期の1421年(応永28年)に相国寺28世・元容周頒の塔所(とうしょ)として創建されました。光源院は当初、広徳軒(こうとくけん)と称していました。戦国時代(室町時代後期)の1565年(永禄8年)に室町幕府13代将軍・足利義輝(あしかがよしてる)の菩提寺(ぼだいじ)になり、足利義輝の院号「光源院融山道円」に因んで、寺号が光源院に改められました。その後1885年(明治18年)に建物を壊し、1896年(明治29年)に善應院(ぜんおういん・ぜんのういん)と合寺し、善應院を光源院に改めました。なお善應院は江戸時代初期の1604年(慶長9年)に播磨姫路藩初代藩主・池田輝政(いけだてるまさ)が母・善應院殿の香火所として創建しました。光源院は臨済宗相国寺派・相国寺の塔頭です。
相国寺の塔頭御朱印をいただくことができます小さなお寺ですが、入りやすいお寺。金木犀が咲く時期に、また来たいと思います。
京の冬の旅非公開文化財特別公開 レアな公開 特別公開では初公開なのではないでしょうか干支を配した襖絵や庭園 七福神を配した襖絵が見所かな。
24年2月8日、「京の冬の旅」特別公開に訪れました。水田慶泉筆のふすま絵「十二支の図」や、加藤晋によるふすま絵「風雷坊」「春」「夏秋冬」がありました。また本堂前庭園は自然石を、十二支に見立てた「十二支の庭」でした。庭に面した縁側が狭いため庭を眺めたり歩いたりする時はお気をつけください。行者堂内部も公開されていて、神變(じんぺん)大菩薩(役行者)像、弘法大師像、不動明王像を間近で拝見することが出来ました。普段行者堂内部は非公開だそうで、外から行者堂内部を見ると、遠くに神變大菩薩像が見えました。御朱印をいただきました。
2024年京の冬の旅特別公開で訪問しました。襖絵は色々趣向が凝らしてあって面白いですが最近の作でもあり趣はあまり感じられませんでした。行者堂には素晴らしい役行者の像が有ります。制作者とか詳しい由来は判らないそうですがこれは必見です。
2024年2月3日に訪れました。上間と下間には画家の加藤晋による「春」と「夏秋冬」の襖絵があり、絵の中に七福神や西遊記の一行を探す楽しみもあり、見応えあります。本堂には「十二支」の襖絵に囲まれて、足利義輝公の位牌と"ミニチュア仏像"にお参り。行者堂には役行者、不動明王、弘法大師の像が安置されていて、特に役行者像を囲む光背?には青緑の色が残っていて、前鬼後鬼の夫婦も従えていて、素晴らしい。他にも干支を模した石組の庭園、伊藤若冲に画を学んだ僧など宝物を拝観し、"美"に触れました〜
光源院は相国寺二十八世元容和尚の塔所で、応永二十八年(1421)に創建され、広徳軒と称しました。師は二世普明国師に法を嗣ぎ、同年八月十二日入寺、同三十二年(1425)三月十七日示寂。永禄八年(1565)足利義輝が死去してその菩提寺となり、義輝の院号により光源院と改称します。もとの光源院は現今の東にあり、天明の火災を免れますが、明治十八年(1885)その建物を毀ち、同二十九年(1896)善應院に合併し、善應院を廃して光源院と改めました。因みに善應院は慶長九年(1604)七月、備前候池田輝政が先妣善應院殿を葬り、よってその香火所として創建した所です。 昭和六十三年(1988)には本堂、庫裡を改修し、新粧なった本堂の仏間十二面の襖には日展特選作家、水田慶泉画伯が構想を練って、約半年がかりで描き上げた禅宗寺院にも珍しい干支を配した襖絵が描かれています。(出典:相国寺HP)The Kogen-in Temple is the tower of the 28th Shokoku-ji Temple, which was built in 1421, and was called Kotokuken. His teacher entrusted the law to the second generation Fumei Kokushi, and entered the temple on August 12th of the same year, and was shown lonely on March 17th of the same year (1425). In the 8th year of Eiroku (1565), Yoshiteru Ashikaga died and became the family temple. The original light source institute is located in the east of the present day and escapes the fire of Tenmei. The hospital was abolished and changed to the light source hospital.By the way, Zen-no-in was built in July 1604 by Terumasa Ikeda, who buried the Zen-no-in Temple, and was therefore built as a fireplace. In 1988, the main hall and kuri were renovated, and the 12-sided sliding doors of the Buddhist temple of the main hall were renovated. A fusuma painting with a rare zodiac sign is also drawn on the Zen Buddhist temple. (Source: Shokokuji HP)
相国寺塔頭、門前の石碑ひさには不動明王・神変大菩薩・弘法大師の名が刻まれている。寺名は足利義輝の院号に由来するそうです。
行かれるのなら紅葉の季節がよいですね 相国寺の塔頭寺院です この寺院の東横にある駐車場にある紅葉が色付くと光が当たれば過去最高に思う美しさでした。
| 名前 |
光源院 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
075-231-7849 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
〒602-0898 京都府京都市上京区烏丸東入上る相国寺門前町701 相国寺 701 |
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