宇治の平等院で感無量!
宇治陵1号陵(総拝所)の特徴
藤原氏の歴史を感じる魅力的な陵墓群です。
道長墓所とされる32号墓が存在する場所です。
宇治陵の総拝所で感慨深い体験ができます。
藤原氏とその関係者の陵墓群。1号から37号まで指定されている。宮内庁で指定されているのは以下の20人です。藤原温子(59代宇多天皇中宮)藤原穏子(60代醍醐天皇皇后)藤原安子(62代村上天皇皇后)藤原遵子(64代円融天皇皇后)藤原媓子(64代円融天皇皇后)藤原懐子(65代花山天皇御母)藤原詮子(66代一条天皇御母)藤原彰子(66代一条天皇皇后)藤原超子(67代三条天皇御母)藤原娍子(67代三条天皇皇后)藤原妍子(67代三条天皇皇后)藤原威子(68代後一条天皇皇后)藤原嬉子(70代後冷泉天皇御母)藤原寛子(70代後冷泉天皇皇后)藤原歓子(70代後冷泉天皇皇后)藤原茂子(72代白河天皇御母)藤原苡子(74代鳥羽天皇御母)敦実親王(59代宇多天皇皇子)敦道親王(63代冷泉天皇皇子)藤原生子(69代朱雀天皇准后)ほか、藤原冬嗣、藤原基経、藤原時平、藤原兼家、藤原道隆、藤原道長、藤原頼通、藤原師実のお墓ともなっています。
感慨無量です。他のガイトさんとの重複を避けます。踏切を越えた北側に能化堂有り奈良時代末期か平安時代初期に造られたと言われてます。その昔近く迄、南の護りの朱雀がいるとされている巨椋池が有り旧道から北を見れば木幡山伏見城跡が伺えます。この旧道を源融、藤原北家の方々が通ったとされています。平安京から極楽浄土である平等院に続く道、地域を北家が護っている。又女性を大事にした事が伺えます。宇治川迄をこの世とし、三途の川である宇治川の向こうに極楽浄土があるとしていますので藤原北家は末代迄その名を変えてまで天皇家を支えたと推察されます。
道長墓所と推測されるのは32号墓とのことで感無量です。
宇治陵の総拝所です。藤原氏一族に生まれ天皇の女となって、藤原氏を支え続けた皇后、妃の御陵です。宇治陵はこの周辺に散らばってありますがここは総拝所の為、鳥居が建ってます。
| 名前 |
宇治陵1号陵(総拝所) |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
JR木幡駅から徒歩7分程、極楽浄土を模したと言われる豪華絢爛な宇治の平等院は藤原家全盛期の象徴です。一方、この辺りはその栄華を極めた藤原家の埋葬の地でもあります。藤原家出身の藤原冬嗣、元経、時平、道長、頼通など、そしてここには道長の姉の詮子、娘の彰子の名前も見えます。1号から37号迄あり、ここは総拝所、32号が道長の墓と言われますが、誰が何処かの確定はされていないとの事です。一条天皇円融寺北陵や皇后の定子の鳥野辺陵の様に山に上り景観も楽しめる場でも有りません。近くに2号、3号がありますが民家の中、余りお薦めは出来ません。