長島城跡で歴史の舞台を感じる。
長島城跡の特徴
長島城跡は豊織時代の歴史舞台である、歴史の深さが感じられる場所です。
現在の城跡は長島中部小学校に隣接しており、びっくりするような環境です。
蓮正寺に残る大手門や石垣が歴史を物語る、興味深いスポットです。
JR長島駅から徒歩で訪問、15分ほどで到着。元々は中洲で、堆積されて出来た土地だけあり、平坦な道のり。大都市近辺の遺構あるあるで現在は学校に住宅街。織田軍12万と一揆軍10万という関ヶ原をも上回る大戦の形跡は伺えません。小中学生が校庭で遊んでいる辺りを、柵で囲み火を放ったのか…と、平和な世の中を実感してしまいます。入口には長島一向一揆案内板、学校内には入りませんでしたが遠方から樹齢古いクロマツを眺め、布教拠点たる長島願證寺(移転後)までは徒歩20分ほどです。どこも石碑しかありませんが長島一向一揆を偲べるものはこれくらい。併せて訪問しましょう。
長島城は、木曽・長良・揖斐川の木曽三川河口部の輪中地帯に位置し、伊勢の安濃郡・奄芸郡に勢力を誇った長野【工藤】氏の一族である伊藤重晴が文明14年【1482】に城館を築いたのが始まり。のちに長島は一向一揆勢力の拠点となるが、織田信長の伊勢侵攻により壊滅し、配下の滝川一益が長島城に入った。以下短期間で城主が変遷するが、関ヶ原の戦いの後の慶長6年【1601】、菅沼氏が長島城主となり、長島城の本格的な整備が始まる。
寛元3年藤原道家が築いた後、長島一向一揆の本城・長島藩の居城を経て現在は、長島中部小学校・長島中学校の敷地となり、遺構の大半は失われています。東側に石垣および堀が残るくらいです。学校の敷地内に桑名市指定天然記念物の「大松」があります。これは本丸の西南隅にあったもので、樹齢300年以上の黒松です。建造物としては大手門が蓮生寺(長島町又木)に移築され現存しています。小学校の横に10台分位の駐車スペースがあります。近鉄長島駅からは徒歩約10分です。
長島駅から徒歩で向かいました。学校になっていますので、遺構はほぼありません。ここには看板がありました。
城跡は学校となっているようです。道路脇にあんがありました。
何も無いと言えば、何も無い。う~む。だけど、微かなニオイ遺ってる。そんな感じ。縄張りの存在感じつつ、周辺うろうろ。大手門にもご挨拶。質素だね。小学校にも、入れてもらい、ちょっと見学。野球少年達の元気なこと。学校周り、ぐるぐるはしってて、出会う度に、挨拶くれて、気持ちいい。
豊織時代に歴史の舞台に!滝川一益や織田信雄の居城。
学校になってます。東側に説明板あり。
長島城廢城後,現在城跡在長島中部小学校・長島中学校。現在的遺址不多,大手橋下的石垣,與蓮生寺的大手門跡。
| 名前 |
長島城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.kuwana.lg.jp/kanko/miru/history/history019.html |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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何もないですね。何か資料でもあるといいのですが、歴史好きな息子ときました。桑名城、桑名博物館も行きましたが、有名な長島一向一揆の展示や資料はありませんね。