明石の海の恵みと福が待つ。
岩屋神社の特徴
魚の棚商店街から南、海の近くに佇む伝統的な神社です。
明石のえべっさんで、賑やかな初詣に多くの参拝者が集まります。
濃厚な御利益を感じる五円玉探しが人気で、難易度が絶妙です。
港の近くに鎮座されてるってことは海上安全もお願いしても良いのかなー境内はそんなに広くはなかったけど存在感のあるお社でしたなんかコナンくんの立て看板があったけどイベントみたいなことをしてるのかな。
海の近くの神社、大蔵海岸に行ったついでに寄りました。参拝者も多くて商売繁盛の神社ですね。
伊弉諾命と伊奘冉命を御祭神とする古社。他に天照大御神や素戔嗚命、月読命など知名度の高い神様が祀られています。創建時期は143年とされており天皇の勅命で淡路島から遷されている。御利益は家内安全や商売繁盛、縁結びなど。海に近い境内はそれほど広くはない。しかし規模に反するような大きめの社務所があり敷地内の清掃も行き届いています。横に広がる拝殿は立派な造りで古くから大社として信仰の篤さがうかがえる。境内に生える門かぶりの松は源氏物語の主人公である光源氏が月見をした場所とされ神社の象徴となっています。夏にはオシャカタ舟神事と呼ばれる市の無形文化財に指定された祭りが行われる。この海上安全と豊漁を願う催しは明石で最古の伝統行事、海上神事とされています。起源は淡路島から明石に渡る時に荒れた潮の流れを鎮めるため供物をした故事から。宵宮から始まる祭りは舟を海上に出して夜まで盛り上がります。専用駐車場あり。神社の向かいに停めれます。
主祭神: 伊弉諾尊(イザナギノミコト)伝承によれば、成務天皇13年(143年)に、勅命により淡路島の岩屋から遷座したとされています。古代から東播磨の古大社として崇敬されてきました。平安時代に編纂された『延喜式神名帳』に記載されている「伊和都比売神社」の論社の一つとされています。江戸時代には明石城主の産土神(うぶすながみ)として尊ばれ、代々の藩主が参拝していました。明治時代には郷社、県社に列せられました。昭和20年(1945年)の明石空襲により社殿が焼失しましたが、昭和29年に再建されました。明石海峡に面しており、境内からは淡路島を望むことができます。参道が海に向かって開けているのが特徴です。神事「おしゃたか舟神事」: 毎年7月第3日曜日に行われる、全国的にも珍しい海上神事です。明石浦の漁業青年たちが、神々を乗せた舟を立ち泳ぎしながら頭上高く掲げ、「オシャタカ!」と唱えながら前に進む、勇壮な祭りです。海の安全と豊漁を祈願する神事で、明石市の無形民俗文化財に指定されています。「光源氏月見の松」: 境内には、源氏物語の主人公である光源氏が月見をした場所と伝えられる「門かぶりの松」が残っています。ご利益: 主祭神の伊弉諾尊をはじめ、複数の神様が祀られており、家内安全、商売繁盛、招福、災厄消除、縁結びなどのご利益があるとされています。
朝の6時ころ、お伺いさせて頂きました。既に、参拝の方が数人いらっしゃって信仰の厚さを感じました😊海の近くの素敵な場所です✨
みんなの神社という感じで イベントなども積極的に行っている。先日も毎年恒例の肝だめしが有り 予約は即完売になるほどの人気。これからも良いイベントを期待。
明石駅から魚の棚を通って、歩いて30分程度。明石港旧灯台から、ジェノバラインを眺めた帰りに寄らせてもらいました。漁港の在る町の為か、神社やお寺が多いエリアです。境内は広く、御社の裏には鳥居くぐりがあったり、末社は七つ繋がった賑やかそうな御社だったり、明るいイメージの神社です。主祭神は伊弉諾尊 イザナギノミコト配祀神は伊弉冊尊 イザナミノミコト 大日孁尊 オオヒルメノミコト 月読尊 ツキヨミノミコト 蛭子尊 ヒルコノミコト 素盞嗚尊 スサノオノミコト由緒は、成務13年(西暦144年)淡路島岩屋より御遷になったそうです。兵庫県神社庁DBより。物凄く古くから在る神社ですね。
近くを通りかかったので初参拝。元は淡路島みたいで、御祭神は伊弉諾尊伊弉冊尊と蛭子尊もいらっしゃいます。いい参拝でした。
明石駅に初えびすポスター見て初めて来ました丁度残り福と重なり参拝者多かった。
| 名前 |
岩屋神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
078-911-3247 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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淡路島の岩屋から御神体を御船に戴きお迎えしたとか、その神事が“明石浦のおしゃかた舟”として今に伝わっているらしい。鳥居から正面に海が見える参道は趣きがある。また源氏物語のひかるの君の月見の松もこの神社の境内であるらしい。