江戸の匂い残る、品川鯨の碑。
利田神社・鯨塚の特徴
江戸時代の寛政の鯨の骨が埋められた史跡です。
品川宿の漁の歴史を感じられるスポットです。
名所江戸百景の品川すさきを確認できる場所です。
江戸時代に鯨が来たんだよね~
昨年2023年11月20日(月)に撮影。しながわ観光協会:利田神社は、江戸前期に沢庵和尚が弁財天(洲崎弁天)を祀ったことが始まりと伝わっています。もともとは旧目黒川の河口の海に突き出た砂洲に祀られていた弁天社で、江戸名所図会や歌川広重の浮世絵にも描かれています。明治に変わり利田神社となり、現在の祭神は市杵島姫命。利田の名は、当時この辺りの開発に尽力した利田利兵衛の姓から取ったものです。境内にある鯨塚は、江戸を驚かせた三大動物の一つ「寛政の鯨」の骨を埋めた上に建てられた供養碑です。寛政10年(1798)5月1日、品川沖で体長九間一尺(約16.5メートル)、高さ六尺八寸(約2メートル)の鯨が現れ、品川の漁師たちが捕獲しました。この大鯨は江戸中の評判となり、11代将軍徳川家斉が浜御殿(現在の浜離宮恩賜庭園)で上覧されたほどの大騒ぎとなりました。
江戸時代、誰も見たことがない「くじら」が品川沖に現れました。品川の漁師等は、くじらを浅瀬に追い込み、仕留めることに成功しました。鯨見たさに見物客が溢れて、将軍家斉も上覧されたようです。その後くじらは解体され解体され、その骨は利田神社の境内に埋め、鯨塚としました。
史跡鯨オブジェと鯨遊具誰でもトイレ。
ふつうの公園。でも、落語や浮世絵の知識があれば江戸末期の出来事の跡地。目の前の小さな利田神社は、江戸からのお社です。
品川湊の洲崎弁天であった利田神社の境内にあたる場所の一画。1788(寛政10)5月1日、品川沖に体調116
歴史を感じます。昔に思いを馳せて散策してみると善いです。隣接して利田神社があります。
小さな公園。鯨の像あり。
釣り船、屋形船、昔ながらの家🏠があり何だか落ち着く。
| 名前 |
利田神社・鯨塚 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
江戸時代に打ち上げられた巨大な鯨を弔っているとの由小さな神社だが…周辺には水路が巡り船宿が点在10分も歩けば大都会だが、この辺りにはまだ江戸の漁師町の匂いが残っている私はこういう町を歩くのが好きだ。