町や村に届ける、放牛の地蔵様。
放牛石仏五十七体目の特徴
五十七体目は享保十四年に造立された重要な地蔵様です。
放牛上人が手掛けた町にお地蔵様を供給した歴史があります。
独特の〇中の文字が現れる貴重な文化財です。
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放牛さんが10年掛けて100体余り作ったうちの1体。地域の信仰に根付いています。
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| 名前 |
放牛石仏五十七体目 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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享保十四年三月廿四日 とあるので、1729年造立のもの、特筆すべきは、この五十七体目から「〇中」の文字が現れる...五十七体目は町中(他に村中、講中がある)つまり、それまで供養塔、年忌塔、道標のかたちでおかれていたのだが、放牛上人が地蔵を作り続けて8年目に、町や村からの依頼で、町や村におくお地蔵様をつくりはじめたってことね。