浜崎小烏神社で再参拝を!
小烏神社の特徴
福間駅西口からアクセスしやすい立地です。
境内は駐車場として利用されています。
御祭神には少彦名が祀られています。
福間駅西口交差点から福間駅に向う道路の左手に見えます。商業施設と住宅街の中に鎮座し、とても参拝し易い、街に溶け込んだ雰囲気の有る神社です。付近の諏訪神社、さいごう口の亀山神社と一緒に参拝がオススメです。
境内が駐車場になってしまってる。土俵があります。
御祭神は少彦名です。八咫烏一族の市杵島姫に婿入りしたので小烏ですね。別名、阿部(藤)丞相、武内宿祢です。宮地嶽神社の勝村・勝頼の父です。
浜崎小烏神社は、JR福間駅の西200mほどの福津市中央(旧 宗像郡福間町浜崎)に鎮座している神社です。旧社格は村社です。元亀2年(1571年)河津彈正忠隆祐が蓑生ヶ浜磯の岸辺に創建しました。慶長5年(1601年)筑前福岡藩の初代藩主の黒田長政が国中御巡行の時にこの砂原を見て松林にするように伝えたため、家臣の黒田三左衛門養心に命じて松を植林しました。この松林の取締りのため当時の那珂郡堅粕村の農五戸家をこの地の大公に移住させ永代此の造林の取締りをするようにしました。寛文4年(1664年)蓑生ヶ浜の神々を現在地の浜崎に遷し、社殿を建立し氏神としました。往昔より「八龗様(はちりゅうさま)」と尊称していましたが、明治維新の政令に基き八龗の尊号を廃し、明治25年(1892年)に「小烏神社」に社号を改めました。一の鳥居は、昭和5年(1930年)の建立です。二の鳥居は、明治29年(1896年)の建立です。社殿は、安政4年(1854年)の再建でしたが、老朽化のため平成7年(1995年)に再建されました。御祭神は、少彦名神、綿津見神、高龗神、闇龗神です。「少名彦神」は薬師神とも称号し、現世医療の神にて往古よりの祭祀です。「綿津見神」は海上諸事を司る守護神です。「高龗神闇神」は降雨を司る雨神です。境内社として、須賀神社(素戔嗚命)、八龍神社(少童神)があります。神社のある「福間(ふくま)」という地名は、かつてあった筑前福岡藩の宗像郡(むなかたぐん)福間町に由来します。明治22年(1889年)上西郷村・内殿村・畦町村・本木村・舎利蔵村が合併して、改めて上西郷村が発足しました。明治42年(1909年)下西郷村が町制施行・改称して福間町となりました。昭和29年(1954年)福間町・上西郷村・神興村が合併し、改めて福間町が発足しました。平成17年(2005年)福間町・津屋崎町が合併して、福津市が発足しました。令和7年(2025年)福津市の推定人口は69,311人 です。「福間(ふくま)」は古くは「福満(ふくま)」とも読まれ、荘園の多い土地でした。「福」は縁起の良いとされる佳字、「間」は「船着場」や「漁港」を意味し、この地が古代から西郷川の河口に築かれた港町で、「この港町に福が訪れるように」との意味合いで「福間」と名付けられたと言われています。
| 名前 |
小烏神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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4〜5年ぶりに参拝。またご縁がありますように。