春日局の墓所で心和ませる。
麟祥院の特徴
参拝者が少なく、静かな雰囲気で心を落ち着けることができる場所です。
春日局のお墓があり、歴史を感じながらゆっくり歩くことができる寺院です。
臨済宗の寺院として、春日局終焉の地としても知られた美しい建物が魅力です。
春日の地の由来になったお寺。徳川の三代目争いを勝利に導き、権勢を振るった女傑・春日局が建立して晩年を過ごした寺。利便性の良い場所に充分な敷地をいまだに確保し、往時の力を感じさせる場所です。桜や椿や枳の木々が植えられ、手入れの行き届いた侘び感溢れる庭があり、行くと安らぎを感じます。墓所には本人以外にも子孫の大名家である稲葉、堀田両家の墓もあります。昔、敷地内で学問所が作られ、それが東洋大学のもとになったとか。近くにある昌清寺(三代目争いで敗れた側)と比べると、権力闘争の勝敗は後々まで大きく影響してしまう事を思わずにはいられない。
東大病院に行く途中、門構えに心惹かれ立寄りました。美しい苔庭に思わず溜め息、ゆっくり観賞させて頂きました。
本日参拝させていただきました🙏江戸幕府3代目将軍徳川家光の乳母である春日局の菩提寺で、春日局の墓の他、春日局の婚家である稲葉家の墓などがありました。御朱印は書き置きのものをいただきました(300円)。麟祥院では犬を飼っているらしく、寝転がって遊んでおり、とても可愛かったです。なかなか行く機会がなかったので今回参拝することができてよかったです✨
[再訪, 26年3月]写真を追加。[初回, 25年12月]麟祥院。本郷・湯島のあたりを歩いていると、地図の上ではただの「寺」でも、背景を知るほど輪郭が立ち上がる場所があります。ここは、徳川三代将軍家光が春日局に贈ったとされる寺地。歴史の大きな物語が、文京区の普段の街並みの中に静かに埋め込まれている感じがして、足が止まりました。境内は派手さがあるわけではないけれど、門前の空気や石の質感に、積み重なった時間がにじむ。こういう場所を一つずつ確かめながら歩くと、「住んでいる街を知る」って観光とは違う豊かさがあるなと思います。次は周辺の寺社や坂道も合わせて、まち歩きの線でつなげてみたいです。
湯島天満宮さんの帰り道、女性の銅像が目に留まり確認したところ「春日局」さんの墓所があるということで、観に行ってきました。受付の女性も気軽に観て行ってください的な感じで良かったです。手を合わせて帰ろうとしたところ、東洋大学(私とは縁もゆかりも無いでしが)にも縁があるとの石碑もあり写真も撮りました。気軽に入れたのがとても良かったです。※入りづらいお寺も多いことから。
平日の午後3時に訪問しました。麟祥院は、江戸幕府3代将軍徳川家光の乳母の春日局の菩提寺で、徳川家とも関わりの深い寺院です。門前に春日局の像があり、寺院は、風情のある建物と樹木がマッチングして落ち着いた環境をつくりあげています。寺院内には春日局の墓の案内板が設置してあり迷わず参拝することができます。墓には花が生けてあり大事にされていることが分かります。帰りに本堂の前を通ると、紐で繋がれた柴犬がいました。寺院で飼っているのかは分かりませんが、悟りを開いたような穏やかな表情にほっこりさせられました。
春日局が生前に建立を願い、1624年に家光の命で殿堂が造られました。当初は「報恩山天澤寺」と称されましたが、春日局の死後、その法号にちなんで「天澤山麟祥院」と改号されました。春日局は1643年9月14日に65歳で亡くなり、麟祥院の墓地に永眠しています。
文京区湯島。1624年創建。本尊は釈迦如来。このお寺は春日局の隠棲所として建てられました。春日局の生涯を簡単に説明すると名門・斎藤家の子・福として丹波国に生まれ、明智光秀の家臣であった父・斎藤利三が山崎の戦いに敗れて処刑されると、一家は離散し、彼女は流浪の日々の果てに京都の公家・三条西家に仕え、和歌や書を学び、夫・稲葉正成が徳川家に仕えていた縁もあって徳川家光の乳母になりました。福は徳川家康を説得して家光を将軍にすることに成功し、さらには大奥を整備して自ら大奥総取締として老中を凌ぐ権力を持つに至りました。なお、春日局の名は朝廷から賜った称号で、彼女の出身地である丹波国春日郷にちなんでいるとされます。このお寺を訪れる人はあまりいないようで、とても静かで緑が生い茂っています。しっかりと手入れされた苔庭も印象的。春日局の墓は境内の墓地の一角にあり、立派な墓塔の周りには正厳院(稲葉正則の正室(春日局の孫)と万菊(毛利秀元の娘)の墓)、そして血縁の稲葉家・稲葉分家・堀田家の墓がありました。
最寄り駅 都営地下鉄大江戸線本郷三丁目駅より徒歩5分、JR御茶ノ水駅より徒歩15分拝観料は無料 トイレ無し山号 天澤山宗派 臨済宗妙心寺派本尊 ー1624年(寛永元年)、春日局の隠棲所として創建。境内地1万坪・寺領300石の御朱印状を拝領し徳川秀忠の御明御殿を賜り、殿堂を造立した。1630年(寛永7年)に野州宇都宮の興禅寺の渭川和尚の高徳であるのを局が聞き、当山の住職として拝請され開山となった。はじめ、報恩山天沢寺と称したが、春日局の法号をもって「天澤山麟祥院」と号するようになる。との事です道路沿いに春日局の像がありお墓も境内の奥にあります庭園が綺麗に管理されていて綺麗な所でした飼われている犬がマスコットの様で訪れた時は眠っていたので静かに退散。
| 名前 |
麟祥院 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
03-3811-7648 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 6:00~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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苔むす境内はとても穏やかな気分になります。春日局のお墓や春日局に縁のある方々のお墓があり一見の価値があります。