菅原道真公に学問祈願。
尾長天満宮の特徴
合格祈願にぴったりの学問の神様、菅原道真公が祀られています。
階段を上がった先には素晴らしい眺望が広がり、参拝者を迎えます。
被爆建物の社殿を残す神社で、歴史が感じられる訪問先です。
孫の高校入試前にお参りしました。人生初の学問のお参りです孫の事になると爺さん婆さんは必死です🤣お陰様で希望する公立高校に入れました。
2017/10/01来訪。学問の神として広く崇敬されている菅原道真公をお祭りした神社であります。道真公は平安時代(西暦901年)無実の罪で九州大宰府に左遷される途中、この地に船を寄せ(当時は二葉山の麓は海であった)山に登って石に腰をかけ休息されたと伝えられております。
桜ヶ丘高校に上がる途中を左に曲がってすぐにあります。二葉の里七福神御朱印を頂くのに行きました。
山根町にある尾長天満宮は、二葉山山麓七福神めぐりに含まれているお宮です。七福神の中では、寿老人様が祭られています。また、学問の神様で有名な、菅原道真公も立ち寄られたみたいです。本殿まで急な階段をのぼっていくのですが、途中に撫で牛があります。自分の不調箇所を触れて、牛を触ると病が消えるというご利益もあるようです。一番上までのぼっていくと本殿があるので、そこで参拝が出来ます。木の棒で歳の数だけ龍神石を叩く場所もあります。カンカンと音がするので、すごく感動的でした。
旅行先で訪問元旦だったのでここも行列か、、と思って上に着くと狭いので納得お札等購入のために再度並び直さねばならず、絵馬は別の場所で書けばいいのになぁと思ってしまいました。
御祭神・菅原道真公・大穴牟遅神荒神・少名毘古那神平安時代まだこの地は広く海でありました。尾長山に「明星峰天神社」という小さな社がありました。延喜元年(901年)菅原道真公が太宰府に左遷されたとき、当地に着船されました。明星峰天神社に参詣後、しばらく休息を取られました。久寿元年(1154年)安芸国守「平清盛」主従がこの明星峰に参詣の際、山中にて大豪雨と落雷の災難に遭い、進退絶命を感じましたが、不思議にも九死に一生を得ました。清盛は雷雨の中で知らず知らずのうちに、遥かに道真公の御加護を熱願していたことに気付き、深く神徳に感銘を受けました。よってこの一帯を信仰の山「菅大臣の峰」と名付け、峰に社殿を創建して、道真公の神霊をお祭りすることとしました。これが当宮のはじめです。文和年中(1352〜1355年)武田弾正少弼直信が明星峰天神社と清盛創建の神祠を合併し、「天神宮」と称し、武田氏(当時、佐東銀山城主)の守護神とした。寛永十七年(1640年)京都の人で連歌の宗匠松尾甚助忠政願主となり、「天神宮」(古天神と称す)を里近くの明星峰の麓(尾長村)に分社し、社殿を造営した。これより「尾長天神宮」と称す。以後、国守光晟を始め、歴代国主の参詣が相次ぎ、また参詣者が多く賑わった。享保三年(1718年)「天満宮」と称す。明治五年(1872年)「尾長天満宮」と称す。昭和二十年(1945年)社殿が原爆被災により大いに破壊され、一時「尾長天神社」と称することになった。昭和二十七年(1952年)「尾長天満宮」の名称に戻した。御朱印あり寺社巡りショート動画https://youtube.com/shorts/MEdxFfRyZYc?si\u003d1EShKNF0otZDRLRG寺社巡り動画https://youtu.be/wx9YWpf6q2w?si\u003dLajAcb7XIv3Z_caG
長女の合格祈願に御利益ありましたので(笑)今回は長男の合格祈願に🙏牛の頭を撫でまくりました。
学問の神様、菅原道真公をまつった神社。広島駅を北上した先の、急な坂道の上にあります。こちらの神社、駐車場はありますが、道が狭いです。大きなクルマや運転に自信のない方は、周辺のコインパーキングに停める方が良いと思います。受検生の子供と一緒に参拝。お守りと絵馬を購入して登竜門をくぐり、奉納所に絵馬を奉納してきました。奉納所には受検生の奉納した絵馬が、大量にありました。
令和6年8月12日参拝少し高台にある神社です。
| 名前 |
尾長天満宮 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
082-262-2679 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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学問の神様、菅原道真公を祀った神社です。お子さんやお孫さんの合格祈願目的で参拝されている方がいらっしゃいました。