大村純熈公の銅像で歴史を感じて。
大村純煕像の特徴
肥前国大村藩の最後の藩主、大村純熈の銅像が見られます。
蕃主の勲功を称える歴史的な場所であり訪れる価値があります。
戊辰戦争での活躍が評価され、賞典禄が与えられた由緒ある史跡です。
肥前国大村藩第十二代藩主(最後の藩主)大村純熈(おおむらすみひろ)の銅像戊辰戦争で大村藩は大いに活躍し、その勲功で薩摩・長州・土佐に次ぐ賞典禄3万石を与えられたそうです。銅像は洋服を着ており、髷を結っていないところから、廃藩置県後の東京に移り住んだ後をモデルにしていると思われます。銅像の回りには柵が張り巡らされ、柵には大村家の家紋では無く、桜の文様が取り付けられています。これはこの玖島城が桜の名所であるためだと思われます。
| 名前 |
大村純煕像 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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★5つは、大村純熈公への評価です。その生涯を調べると、先例に囚われず開明的で果断。ここぞという時に思い切った判断をし、藩主のリーダーシップを非常に発揮した人物であった印象を受けます。激動する時代の荒浪の中で、大村藩という小舟の舵取りを巧妙に行い、たいへんクレバーな人物像を描いています。大村藩は小藩ながら、明治新政府は「維新への貢献度」を高く評価しました。論功行賞では、薩摩・長州・土佐に次ぐ三万石でした。岩倉使節団に留学生として参加した姿勢は、新しいものを自ら見聞せずにはおれないという、好奇心旺盛で茶目っ気たっぷりの人物だったかも知れません。そんな想像さえ、掻き立てられます。