高野山の静かな国宝、不動堂。
不動堂の特徴
壇上伽藍最古の国宝の御堂で、歴史を感じます。
桧皮葺の美しい屋根は、圧倒的な存在感を放っています。
弘法大師が始めた真言宗の本山として、特別な雰囲気があります。
煌びやかな壇上伽藍とは異なり荘厳な雰囲気の国宝建築物、内部には入れないですが、美しい建築でした。
当初、鎌倉時代に藤原麗子の御願により一心院谷に建立された明治時代に解体修理を行った際に、現在の地に移されたらしい国宝。
高野山では不動堂と金剛三昧院の多宝塔が国宝指定の建造物です。
2025/6/21 初訪問。お堂の中はとても涼しくて快適でした。拝観料は必要ですが、それ以上の価値がありますよ‼️外観の朱色がカメラでは表せない美しさです。
他の建物と何が違うのか素人目には分からないが、こちらは国宝だそです。
高野山の壇上伽藍にひっそりと佇む「不動堂」は、華やかな根本大塔とは対照的に、静かな存在感を放つ国宝建築です。平安時代の趣を色濃く残し、訪れる人々に深い感動を与えます。【ロケーションとアクセス】不動堂は、和歌山県伊都郡高野町高野山の壇上伽藍内に位置しています。南海高野線「極楽橋駅」からケーブルカーで「高野山駅」へ、そこから南海りんかんバスで「金堂前」バス停下車、徒歩約5分です。車で訪れる場合、「中門前駐車場」や「霊宝館前駐車場」など、周辺に無料の駐車場が複数あります。【施設とサービス】不動堂は、鳥羽天皇の皇女・八條女院の発願により建立されたと伝えられています。当初は一心院の境内にありましたが、明治41年(1908年)に現在の壇上伽藍に移築されました。建物は、平安時代の寝殿造りを彷彿とさせる優美な外観で、四方から見た建物や屋根の形態がそれぞれ異なるなど、建築的にも注目されています。明治32年(1899年)には国宝(旧)に指定され、現在もその価値が認められています。   【見どころ・魅力】不動堂の最大の魅力は、その静謐な佇まいと、平安時代の建築様式を今に伝える点です。堂内には、不動明王が本尊として祀られており、厳かな雰囲気が漂います。また、堂の四隅はすべて形が異なり、四人の工匠がそれぞれの随意に造ったためと伝えられています。春には近くの桜が美しく咲き誇り、訪れる人々の心を和ませてくれます。
大塔に目が向いてしまいますが、不動堂は創建が古く国宝に指定されています。《解説看板》国宝 不動堂 指定 昭和27年3月29日言い伝えによれば建久八年(1197)鳥羽天皇の皇女院の御願により行勝上人がこの堂を建てたということである。鎌倉時代の和様建築であって、それ以前の住宅建築の様式を仏堂建築に応用したものである。正確な建築年代は不明であるが、仏壇の勾欄や羽目板の格狭間の形などから、鎌倉時代後期と考えられる。内陣の後に仏壇があり、来迎柱の間に板壁をつける。屋根の勾配のゆるい絵皮茸で、平安時代の寝殿造の面影をのこす。
壇上伽藍は、再建を何度も繰り返して現在に至るという建物が多いため、古い建物はそれほどありません。その中であって、最も古い建物がここ、不動堂でしょう。14世紀前半の再建とのことであり、かなり古いようです。木造建築は、火災の危険がいつも付きまとっているので、500年以上古い建物は、国内探してもあまりありません。そういう意味では、700年以上とされるこの建物は、国宝に値するといっても過言ではないと思います。
以下引用。言い伝えによれば建久八年(1197) 鳥羽天皇の皇女院の御願により行勝上人がこの堂を建てたということである。鎌倉時代の和様建築であって、それ以前の住宅建築の 様式を仏堂建築に応用したものである。正確な建築年代は不明であるが、 仏壇の勾欄や羽 目板の格狭間の形などから、鎌倉時代後期と考えられる。内陣の後に仏壇があり、来迎柱の間に板壁をつける。 屋根の勾配のゆるい桧皮葺で、平安時代の寝殿造の面影をのこす。
| 名前 |
不動堂 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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鎌倉時代後期に建て替え、明治期に今の位置に移ってきたよう。複雑な屋根組みをしているのに、薄く細い部材で何事も起きていないかのように、軽やかに美しく成り立たせていて、粋だ。見る角度で違う表情を見せてくれる、名建築だと思う。不動明王のご開帳をしてほしいな。