梨木神社一の鳥居、マンションの裏側で不思議な光景!
一の鳥居の特徴
清和院御門からすぐ近くに位置している一の鳥居です。
建物の維持管理のために住宅が建てられた特異な鳥居です。
参拝の際には公寓を迂回する必要がある不思議な神社です。
京都御所東側にある梨木神社一の鳥居。
2024年 3月9日 第58回京の冬の旅梨木神社 一の鳥居マンションが参道を塞ぐ不思議な鳥居です!!切り売りをしたかのように思います。鳥居の扁額(看板)は、閑院宮載仁親王の染筆によるものです。
写真の撮影日時は、2025.12.07(日)15:05~。こちらの投稿に梨木神社一の鳥居とその周辺の写真2点を添える。梨木神社は京都御苑近隣の二つの神社のうちの一社で、いわゆる京都御所の東に位置する。西に位置するのは護王神社である。そのほかにも神社がいくつか存在するが、京都御苑に密接なご縁があって鎮座する神社の代表が梨木神社と護王神社である。そして、京都御苑と一言で言っても非常に広大な敷地を有し、御苑と言えば環境省管理の国民公園であるが、その御苑内に京都御所、(京都)仙洞御所などがあり宮内庁管理、皇宮警察本部もあり、また、京都迎賓館は内閣府の管理である。いわゆる京都御所の元の建物名は土御門東洞院殿といって、平安後期、第76代近衛・第77代後白河・第78代二条・第79代六条・第80代高倉・第81代安徳(天皇を略)つまり六代の天皇に仕えた元権大納言藤原邦綱の邸宅であった。この京都御所に於ける歴史の転換点は元弘元(1331)後醍醐天皇が都を脱出して笠置山(現・奈良県)に立て籠もると、当時の幕府が光厳天皇を擁立してこちらの御所を里内裏として改め、以降明治2(1869)東京◯都(◯の漢字は香典の典の旧字体)までの538年間、歴代天皇の居所であった。話を梨木神社、護王神社に戻すが、両神社が建立されたのは明治初期である。祭神は護王神社は第50代桓武天皇の忠臣和気清麻呂、梨木神社は第121代孝明天皇の近侍三條實萬サンジョウサネツムであるが、大正15(1915)京都御所にて執り行われた「大正天皇即位の礼」の祝賀の一環としてそれぞれ和気広虫、三條實美を祭神の一柱として加えた。そして、そもそも京都御所は、明治10(1877)岩倉具視が〈御所の保存を建議〉して以来整備が始まるが、岩倉具視には御苑内の旧仙洞御所跡地に平安神宮を建立するという構想があり、岩倉没後もそれを模索したが、岡崎に相応しい土地があったため明治28(1885)平安神宮が岡崎の地に鎮座した。梨木神社一の鳥居の最寄りは市バス“京都府立医科大学前”かと思う。いわゆる四条河原町エリアから北上し、そのバス停で下車すると京都府立文化芸術会館があり、その建物を(北に向かって)左折すると梨木神社、京都御所・廬山寺の道標、案内板が見える。参考として Wikipedia の京都御苑、土御門東洞院殿、権大納言藤原邦綱、藤原輔子(藤原邦綱の娘、平重衝の妻)など。すべて敬称略。合掌。
清和院御門の近くにある梨木神社の一の鳥居。しかし正面は行き止まり!?のように見える珍しい構造の鳥居です…
2024/3/24 京都御苑を清和院御門(せいわいんごもん)から出たところに梨木神社の一の鳥居があります。一の鳥居と二の鳥居の間にはマンションがあります。
梨木神社的一之鳥居,鳥居後方建了公寓住宅,由此鳥居並無法進入梨木神社境內,需從旁繞過公寓才能進入神社境內參拜。
そうせざるを得なかった無念さが伝わってきます。当たり前ですが、本来は鳥居の向こうには、本来なら参道があり、奥には神社があるはずなのですが、資金難ということで、鳥居と神社の間に、マンションが建ってしまいました。だいぶ馴染んできているので、初めてきた人たちだと、「不思議」と思う人も多いのかもしれませんけれど、参道部分を貸して、マンションを建たせたと言うことです。何十年後かにまた、神社に戻すということのようですが、詳しくは知りません。それでも、場所のマジックなのか、思っているよりも馴染んでいるのはすごいですよね。
梨木神社が、建物の維持管理費の捻出に苦労していて、苦肉の策として一の鳥居のすぐ裏側の参道部分に60年の定期借地権付きでマンションを建てさせた。神社本庁からの反対にあったため、神社本庁から離脱。神社本庁は口は出してくるが、金は出さないからね。一部市民からの批判もあったそうだが、マンションはテザインも高さもこの場所に合わせて作られていると思います。下鴨神社の時もそうだが、マスコミや一部市民は批判する前に金を出せよと思います。
不思議な一の鳥居です。すぐ裏は高級マンションで不思議な構造物。
| 名前 |
一の鳥居 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
寺町通広小路のT字路の西側に「梨木神社 一の鳥居」があります。一の鳥居に掛かる扁額は「閑院宮載仁親王」の染筆になります。石造りの立派な鳥居を入るとマンション外壁となり、直線的な参道はない。参道石畳の通りに左折して西側の側道に一旦出る。そこから70m北に行った所に梨木神社 右の案内看板がある。そこを右折すると再度、参道に戻り、梨木神社 二の鳥居がある所に出ます。参道は、神様の通り道でもあると思うが、本来、参道だった場所が途切れて、また、復活する不思議な感じがする参道でした。2026年6月訪問。