望月牧の歴史と美景を堪能。
史跡 望月牧と野馬除の特徴
平安時代初頭に設置された望月牧の歴史に触れられます。
野馬除の溝と土塁跡が残る貴重な史跡です。
駐車しやすく、美しい景色を楽しむことができます。
平安時代初頭に設置された“望月牧”の周囲全体を囲んでいた溝と土塁の跡である。牧場外から野馬が入り込まないように、旧北御牧村の広い地域に設置された。野馬除跡は長倉牧(軽井沢町)や塩野牧(御代田町)、埴原牧(松本市)などにも残されているが、牧場の規模が分かるまでに現存しているのは、全国でも望月牧のみである。東御市指定文化財より。
700年初めの奈良時代 文武天皇の勅令によって始まった勅旨牧の1つで、800年代に望月の牧と言われるようになった御牧(御料牧場)。毎年、朝廷に献上する馬を育て、数多くの駿馬を輩出し「望月の駒」と称された。広大な御牧ヶ原一帯に、牧場の柵として築かれたものが野馬除(のまよけ)で、二重土手とその間にある堀で構成され、さらに木の柵も巡らしていたようだ。現在この一帯には溜池が多くあり、その中に馬の水飲み場もあったのであろうと思われる。田畑や各種施設の開発で野馬除も失われようとしている。およそ1300年前に築かれた野馬除土手跡がここにはあった。
野馬除はのまよけと読みます。広大な敷地で馬を飼育するために馬が逃げ出さないようにするという役目があります。野馬除のあった御牧原という場所は旧望月町にあります。御牧原は平安時代から鎌倉時代の始めまで400年にわたって朝廷へ献上する馬を育てていた「望月牧」という牧場がありました。朝廷へ献上する馬を育てている牧場のことを御牧(みまき)といい御牧は甲斐に3ヶ所、武蔵の国に4ヶ所、信濃に16ヶ所で23ヶ所あったそうです。特に望月牧は広大なもので、38キロの土手を造り上げて囲ってありその中に常に600頭から700頭の馬を飼育していてその中から厳選した20頭を年に1度献上していたとのことです。旧望月町にはこういったことを町づくりに活かし切れていない節があります。何か対策を取っていただきたいです。
| 名前 |
史跡 望月牧と野馬除 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.tomi.nagano.jp/category/bunkazai/130448.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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景色が良かったので少し駐車。どこか見どころとかは全然わからなかったですが、良い場所でした。