銅鐘と歴史の響き、甲斐善光寺。
銅鐘の特徴
正和2年1313補鋳の銘がある歴史深い鐘です。
武田信玄によって移された鐘で由緒ある存在です。
善光寺本堂正面に位置し、特に注目されています。
川中島の戦いに際して信州善光寺が戦禍に見舞われるのを危惧し、武田信玄公が避難先として開山した甲斐善光寺の鐘楼に安置。しかし信玄公は返却することなく死去し、そのまま当山の梵鐘として現在に至るって、要は信玄さんがパクったってこと!?しかもちゃっかり山梨県の指定文化財にしてるしwやらかしエピソードがあって面白い。
(国重要文化財)山門 本堂甲斐善光寺2回目ですが、山梨あいにくの曇り空★平日朝の為か車は0台☆しかし、朱塗りがいい感じになっての大きな本堂は見後です🎶広い駐車場は無料。御朱印は9時から本堂内にて直書500円です。
甲斐善光寺 銅鐘。
観光目的で甲斐善光寺に来ましたが、香炉堂の辺りまで行くと、遠くに銅鐘が。銅鐘に興味のある私は、夢中で行ってみました。この銅鐘は、信州から引きずって運んだ為、「引き摺りの鐘」として知られているそうです。でも「時の鐘なので打たないで下さい」という看板がありましたが、観光客が良い記念に、と打ってしまう方がいるのでしょうかね。
銅鐘は、信州から引きずって運ばれたことから「引き摺りの鐘」として知られています。
善光寺本堂向い右側説明文には正和2年1313補鋳された銘があり治承3年1179文永4年1247善光寺火災の折その都度修理を受けたとても歴史有る鐘ですが武田信玄によって信濃から移され現在は時の鐘として打たないで下さいの看板も。
| 名前 |
銅鐘 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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本銅鐘は、正和二年(1313)に補されたことが銘によってわかる。治承三年(1179)と文永四年(1267)の善光寺火災の折、火をうけて、その都度修理されている。鐘の周囲は四つに区分され、八葉複弁(蓮の花)をきざんだ撞座があり、鐘乳は、総計100個つくられている。鐘の肩の部分は大変力強く、鎌倉時代の風格を表わしており、美術的価値の高い遺品である。なお本鐘は、武田信玄によって長野市善光寺より、本尊その他とともに移されたものである。