歴史を感じる旧本田家住宅。
旧本田家住宅の特徴
歴史を感じられる特別公開が魅力です。
本田家住宅薬医門が印象的な建造物です。
東京最古クラスの民家としての価値があります。
2025年9月現在 改修工事中(2026年4月追記)2025年6月に本体改修工事は完了したものの、10月の一部公開以降、2026年4月まで公開されていない状態。
歴史を感じられてとても良かったです。
令和2年の11月の特別公開の際に訪れました。
旧谷保村名主の住宅です。
保存する気あるのかな?手入れが行き届いてなくて朽ちる寸前。
東京最古クラスの民家。300年近い歴史の重みが感じられます。新選組ゆかりの座敷では近藤勇が目にした幕末の景色に出会えます。11代 本田覚庵(1814~1865)本名・定済氏は医師であり書家でもあり、土方歳三や近藤勇に書を教えていました。現当主は16代目の咊夫(たかお)氏。現在はトタン屋根だがいずれは萱葺き屋根に修復する予定。10年ほど前までは現役として使われ続けていましたが、老朽化が著しく早急な解体改修工事が望まれます。しかし、建物の傾きに合わせて見事なまでに建具が調整されており、建具師の超絶技巧に驚きます。H30.05/13記。
本田家住宅薬医門とともに国登録有形文化財 建造物。通常非公開。東京都の文化財ウィークの期間中には庭から観ることができる。当主屋は、名主階層の格式をもった江戸時代中期の住宅として、民家史上重要な建造物。薬医門は屋敷の門構えとして、武家屋敷門に匹敵する格式をもつもの。主屋正面に建っていたが、昭和7年、甲州街道拡幅に伴い、現在の敷地南東隅に移築された。江戸中期までの本田家は、馬の調教や獣医を家業とし、幕府や広島藩に勤仕。その後、遅くとも9代までには漢方医に転じ、それ以降の当主は、代々名主や年寄として村政にたずさわる。「覚庵日記」によると、日野石田の土方歳三と姻戚関係にあり、何度か泊まっており、組長の近藤勇らも何度か訪れており、膨大な史料がある。
| 名前 |
旧本田家住宅 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
https://www.city.kunitachi.tokyo.jp/soshiki/Dept08/Div03/Sec01/gyomu/0061/0062/hondake/index.html |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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国立市によれば、「旧本田家住宅は、江戸時代期より国立市谷保に建つ由緒ある建造物です。建造年代は特定されていませんが、室内に残る家作の安隠を祈願した祈祷札に享保16(1731)年とあり、それ以前に建てられたと考えられています。主屋の建築当初の間取りは、食い違い六間型で六部屋から成り、都内においてこの形の遺構としては最古級のもので、屋根は入母屋造りに茅で葺かれ、近年は鉄板でおおわれていました。江戸時代後期にはチャシツやサンジョウマが増築されるなど、歴代の本田家当主に守られながら経年してきました。昭和に入ってからは、出入りの大工と家屋の保存を相談しながら住み継がれ、今日を迎えています。表門は、昭和7年に甲州街道の拡幅工事に伴い、甲州街道沿い南向き敷地中央から現在の位置である敷地東南隅に移動しています。」令和2年3月、旧本田家住宅は東京都指定有形文化財(建造物)に指定され、令和7年度現在復元工事中です。