飛鳥時代の魅力、物部神社。
物部神社の特徴
物部神社は饒速日命を祭神とした由緒ある神社です。
神社周辺では夏祭りの準備が進んでいました。
物部氏が最初に上陸した歴史的な場所に位置しています。
飛鳥時代の由来を持つみやき町最古の神社。
とても素敵な場所。清潔でかなり新しい。(原文)Very nice place. Clean and fairly new.
物部神社もののべじんじゃ佐賀県三養基郡みやき町大字中津隈字板部2725番1祭神饒速日命物部氏、尾張氏の祖全国に物部神社がありますが朝鮮半島から物部氏が最初に列島に上陸したのはこのあたりであったのでしょう。
お参りした日は、夏祭りの準備中でした。地区の行事が残っていることは良いですね。物部の名前が気になって参拝しました。
こじんまりとした神社です。以前お参りした時に地元のおじさんがお社で昼寝をしていました。
| 名前 |
物部神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
〒849-0114 佐賀県三養基郡みやき町中津隈2725−1 |
周辺のオススメ
物部経津主が祀られている神社です。この神社周辺が肥前国風土記に書かれた物部の郷であったと比定され、明治時代に「物部神社」と改称されたそうです。物部経津主とは徐市(ジョフツ)…徐福の別名の事です。つまり物部神社にはモノノベ氏の祖である徐福が祀られています。創建の起源は記紀が書かれる以前の飛鳥時代の事です…推古女帝が新羅征討のため上宮太子(聖徳太子)の兄である久米皇子を筑紫に向かわせました。久米皇子は佐賀地方の旧物部勢力の家に立ち寄り、発病して翌年に死去しました。次に太子の弟である当麻皇子を向かわせましたが、彼の妻が病となり途中で引き返したそうです。よくないことが続いたので、石川臣家の血筋の推古女帝は、自分たちの勢力が、かつて物部宗家の守屋を攻撃し、滅ぼしたことに原因があると考え、神を鎮めるようモノノベを祀る神社を建てさせたそうです。駐車場は見当たりませんでしたが神社正面(南側)にスペースがあったので停めさせてもらいました。他に人はいなく、静かでしたが、掃除等はちゃんとされ、管理は行き届いている印象を受けました。由緒が書かれている案内板がないので、ただ来ただけだとなんの神社かよくわからないかもしれません。ちなみに北茂安町村誌によれば、市杵島姫を合祀しているそうです。市杵島姫は富家伝承によれば饒速日の妻であり饒速日は徐福の事ですので、夫婦を祀っている形になります。