小西行長の築城歴史散策。
宇土城跡の特徴
古事記に記された倭比売が埋まる塚がある場所です。
小西行長が築城した宇土城、歴史を感じます。
天守閣跡には小西行長の銅像が整備されています。
結論的には非常に良く整備された城跡であると厳しく断定する。遺構としては曲輪そのもの、石垣、お濠、とか。所要時間は30分程度みておくとよかろうて。かなり広くフラットな曲輪でありイマジネーションが掻き立てられね。駐車場付近に石垣、駐車場と学校の間あたりにお濠がよく残っていたね。宇土古城と三城も併せて見学したまえよ。
近世宇土城って言うんですね、なるほど豊臣秀吉の時代には、小西行長が統治していたのですが秀吉没後の関ケ原の戦いの余波で、加藤清正がココを攻め落とし、自分が隠居した時の為の居城として、色々手を加えていたのですが完成する前に清正が亡くなり、幕府の命令により城は破却。その後、島原の乱により、行長がキリシタンであったせいか、城跡は徹底的に破壊され今は僅かな石垣位しか残ってません…城跡の一部は現在高校になっていますOBでもないので、勝手に入って見学とかそんな度胸ないのです…
こちらは近世宇土城跡です。小西行長の像がありますが、城を思わせる遺構はあまりありません。それでも駐車場🅿️とトイレが整備されているので安心して散策出来ます♪
小西行長築城の、近世の宇土城。近くの古城と必ずワンセットで見たほうがよいです。カーナビで来ると、ついた場所の道の先に見えるのは墓地。その墓地を横目にずーっと進んでいくと、奥に駐車場があります。駐車場のとこには石垣がよく残っています。城についての案内板は、駐車場のとこから登った先でなく、墓地側の階段の上と下にあります。石垣の案内板も見つけましたが、草に囲まれてて、分け入って撮りました。夏は大変。草刈り作業されてましたが、お疲れ様です。城見るのは秋か冬がいいすね。やっぱり。
駐車場の前がお墓なのでなんとなく...私が訪れたのはココに古事記に書かれた倭比売が倭健に与えた女着物(ぎおんびら)を埋めた塚と考えられる。しかし、小西行長が埋めた場所を更地にしてしまった為に痕跡を見つけることができなかった。熊本市味噌天神社と山鹿酒呑童子山とココが直線に並んでいる。
小西行長により築かれた典型的な豊臣系の近世城郭本丸以外は学校や住宅地となっているが本丸は整備されて公園となっており小西行長の銅像が目立っている。大半の石垣は近年のものだが南西に当時の石垣が残されている。
小西行長の作った城として知られていますが、小西行長時代の遺構は遥か土中にあり、現在見られる石垣等は、加藤清正時代のものだとか。また、加藤清正時代の石垣も地上部分と同じ規模で地中に埋もれているとか。現在残っているのは主郭部分だけで、石垣も破城の影響か下部しか残っていませんが、ちゃんと横矢掛かってたりして(特に宇土高校の前とか)、いい感じで残っています。だだっ広い主郭は桜の名所にもなっているようです。駐車場はmapにもありますが、道がなかなか狭いので、訪問する際は対向車にご注意を。
城跡ですが、近隣が密接した住宅街であるし、低い土地にあるので、城跡とはあまり感じられませんでした。ゲートボールしている高齢者の方々で賑わっていました。資料館などあり、遺跡などの説明など多くあれば良いかと思いました。入り口も分かりにくいので、もっと大切してもらいたいです。トイレや銅像がある広場は管理はされています。熊本と言えば熊本城のイメージが強いので、キリシタン大名としても有名だったので、熊本県も観光に力を入れても良いのでは?と思います。歴史が好きな方やキリシタン関連が好きな方は観光に来るのも良いかと思います。
天守閣跡に小西行長像があります。当時の石垣がしっかり残っています。史跡ファンにはオススメの場所だと思います。
| 名前 |
宇土城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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はっきり言って、あまり面白みが無い近世の城。中世宇土城に比べるとガッカリする。航空写真では二の丸、三ノ丸の位置が分かりますが、来てみると見ることが出来るのは、本丸の公園部分のみ。東側は、石垣が残りかすかに昔を感じられますが、4月24日訪問時は草だらけでよくわからず。