春の桜と貯水池の絶景。
八丁堤の特徴
八丁橋の部分では、巨大な貯水池が出現するかもしれません。
芝川沿いの堤防として訪れると、意外な発見があります。
予備知識が必要なスポットで、歴史の魅力を感じられます。
今の評価は星3つですが桜が満開になる春がステキな場所です。その頃に是非行ってみてください。星5つでも足りないと思うくらい絵になります。
今でも八丁橋部分で芝川を堰き止めたら、巨大な貯水池が出現するんでしょうね。かつての見沼がどれくらいの範囲だったのかは、現在の地図上でも道路の形状や緑地範囲からでも窺い知ることができます。
堤とは,「ダム」のこと。ダムの長さが東西に八丁(およそ870m)あったから「八丁堤」と呼んだそうである。現代風に言えば,「900メートルダム」という感じか。いずれにせよ,八丁堤の上流域には「見沼溜井」という広大なダム湖が出来上がった。面積にして1
予備知識無しでここを訪れると、堤はこの芝川沿いの護岸かな、と思えるのですが、違いますよ!東浦和から南東に伸びる交通量の多い県道103号線、通称赤山街道そのものが八丁堤です。確かにこの辺りの赤山街道の南側を見ると数メートル低くなっていて、この道は高台の上を通していることが分かります。江戸時代初頭、関東地方で治水といえばこの人、利根川東遷事業も手掛けた関東代官領の伊奈忠治が近隣の農地耕作のため、ここを締め切って堤を築きその北側に巨大な灌漑用ダム(見沼溜井)作りました。このダムは土砂堆積が進み約百年で廃用、排水・干拓されましたが、見沼溜井の跡地が今の見沼のたんぼとなりました。時は進み昭和初頭、東京の水不足に悩む政府は、もう一度見沼溜井を復活させて都民の水がめにしようとする計画があがりました。地元民の反対で計画は中止となりましたが、もし実現していたらここから上流一帯は大湖沼が再度出現してました。ちなみに、この赤山街道の旧道を更に4kmほど進むと、そのまま安行にあった伊奈家の陣屋(とうよりもはや城)に直結しますよ。
| 名前 |
八丁堤 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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昔は、農業用水を確保するのも大変だったのですね。