歴史を感じる本丸歴史館。
佐賀城跡の特徴
佐賀城は鍋島氏の居城で、別名は亀甲城です。
本丸歴史館は佐賀の偉人を学べる無料の施設です。
再建された本丸御殿では歴史博物館として見ごたえがあります。
本丸御殿の一部が1835年の設計図に忠実に再建されています。ボランティアの方が丁寧に説明してくださり大変勉強させていただきました。いろいろ見所ありますが、佐賀県民の鍋島直政公へのリスペクトが溢れる内容でした。それと佐賀の七賢人への熱い思いも伝わりました。佐賀に行ったら必ず言って欲しい場所です。なんと言ってもこの内容で入場無料なのが凄いです。佐賀県人の太っ腹に感激してしまいました。
本丸御殿の一部が木造復元されていて、無料で入れます。ボランティアの案内を勧められましたが、一対一での案内は時間が自由にならないのでお断りしました。GW前の4月20日の訪問でしたので観光客は少なかったです。天守台の石垣の所や南から堀越しに見た復元の石垣などが見所です。天守台には本丸から登れず、門を出て二の丸にから登るところが変わっています。
日本の公共箱物政策はろくなものはありませんがここは別ですね。緻密な考証でオリジナルに敬意を持った復元は時間が経つほど価値を増します。結果的にはコスパが良い箱物だと言えます。しかも無料で公開という太っ腹。私の訪問日も多くの人が来ていました。佐賀のイメージアップにも貢献していると感じました。特に外御書院の長ーい廊下には圧倒されました。
2026、3、1(日)10時お初でした🏯城趾では有りましたが、立派な城壁😊鯱門は見所たっぷりでした😊👍️ずっと城壁見入ってましたね😆何よりも本丸歴史館が豊富で貴重な資料と展示物が立派過ぎて驚きの連続にも関わらず☺️無料に更に驚きでした🤯是非とも行く事をお勧めしますね😊✌
天守は無いのですがとても立派な城跡でした。建物の中は博物館のようになっていて入場料無料とは思えないほど見どころ満載でした。スタッフの方々もみなさん感じ良く、佐賀市内へ観光に来て良かったと思えました。私はトータルで1時間程度の滞在でしたが、ささっと見ても30分以上はかかると思えるボリュームでした。できるだけ時間にゆとりをもって見に来てください。トイレやイスも設置されていますので長時間歩いて観光していたので助かりました。
2月の晴れた休日に、佐賀城跡を訪れました。冬の澄んだ青空の下、重厚な石垣と広々とした芝生が美しく、とてもリフレッシュできる時間を過ごせました。まず目を引くのが、日本最大級の木造復元建物である「佐賀城本丸歴史館」です。畳が広がる館内は木の香りが心地よく、幕末・維新期の佐賀藩がどれほど先進的だったのかを、映像や模型(写真の精巧な模型は見応えがあります!)で分かりやすく学べます。当時の大砲の展示もあり、その迫力には圧倒されました。屋外に出ると、現存する「鯱の門」や立派な石垣が歴史の深さを物語っています。天守台付近から眺める景色は視界が開けていて、佐賀市街を一望できるのも魅力の一つですね。お散歩をされている地元の方も多く、史跡でありながら穏やかで開かれた雰囲気があるのも素敵だなと感じました。歴史好きの方はもちろん、家族連れやのんびり散策したい方にもぴったりのスポットです。入場無料でこれだけの展示や景観を楽しめるのは、本当に贅沢だと思います。また季節を変えて、桜や新緑の時期にもぜひ再訪したいです。
佐賀城は、龍造寺氏の居城、村中城を慶長13年~16年(1608年~1611年)までの総普請により、拡張整備された鍋島氏の居城で、別名を沈み城または亀甲城ともいいます。藩政期、佐賀城は2回の大火に見舞われました。1回目は享保11年(1726年)の大火で、天守・本丸・二の丸をはじめとして、多くの建物が焼失しました。その後、天守・本丸は再建されず、二の丸や重臣屋敷で藩政が行われていましたが、天保6年(1838年)の二の丸火災を機に本丸が再建されることになりました。
本丸歴史館は、佐賀県、佐賀藩、そして八賢人を中心とした佐賀の偉人など、佐賀のすべてが学べます。大変わかりやすく、見応えあり、学ぶこと多しです。是非時間をかけて見学ください。
無料です。駐車場も無料です。近くには博物館や美術館があるので、観光で訪れるにはムダが無くておすすめです。周りは堀で囲まれ、お散歩にもおすすめです。佐賀のお酒を購入できる酒屋も近くにあるのでお土産は決まりです。肝心の佐賀城跡は、建物内は靴を脱いで見学になります。佐賀をじっくり見れます。
| 名前 |
佐賀城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0952-41-7550 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 9:30~18:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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佐賀城跡は、鍋島氏が築いた佐賀藩の本拠であり、土塁と広大な水堀を主体とする独特の平城として知られる。佐賀平野の低湿地地形を活かした城郭で、石垣の使用は門周辺など一部に限られ、日本の近世城郭の中でも特徴的な存在である。現在は、現存する鯱の門や続櫓、本丸御殿を復元した佐賀城本丸歴史館などが見どころとなっている。また幕末には、佐賀藩が反射炉・蒸気船・西洋砲術などの研究開発を進め、日本有数の技術先進藩となったことから、佐賀城は近代日本形成の重要拠点としても高く評価されている。takykigo九州旅行-3旅行2日目10時30分過ぎに大野城跡を後にして途中水城(続日本100名城 No.182)を時間の都合で通過し吉野ケ里に向かった。吉野ヶ里遺跡にはかなり前見学に来ていたので中には入らずスタンプだけ押し出発、途中コンビニ駐車場で軽くお昼を食べ13時頃佐賀城・鯱の門(重要文化財)近くの駐車場に到着。鯱の門から入ると大砲があり説明書には「24ポンドカノン砲(複製)」と書かれていて、佐賀藩10代藩主鍋島直正は嘉永3(1850)年、築地に反射炉を築き日本で最初の鉄製大砲の鋳造に成功。幕府から注文された50門の鉄製大砲を品川に設置したが残存例は確認されておらず、展示の大砲は1820年アメリカから輸入され旧鍋島邸に置かれている大砲の複製。幕末は薩摩の島津斉彬もそうだが富国強兵に勤めた藩から明治維新と維新後活躍した人材を輩出さしている。佐賀城は肥前の戦国大名龍造寺隆信の居城であり、有馬・島津連合軍との沖田畷の戦いで敗死し家臣であった鍋島氏が慶長期に改修した城が現在の城跡である。明治維新後、新政府に対する士族反乱が各地で起こり佐賀でも江藤新平が中心となり佐賀の乱が起こり佐賀城は反乱軍に一時占拠され、その戦闘で建造物の大半を失っており、鯱の門には当時の弾痕が現在も残っている。④門の左上に開いた二つの穴等が弾痕の跡と思われる本丸御殿、天守台、御座間、西側土塁石垣、南西隅櫓台、堀を見学し約1時間滞在し14時過ぎに次の目的地・唐津城に向かった。備忘録2019年2月1日〜2月8日九州にある100名城🏯、続100名城🏯巡りの6泊車中1泊8日電車、高速バス、レンタカー、地下鉄、新幹線移動の旅登城:福岡城、大野城、佐賀城、吉野ヶ里(スタンプ)、唐津城、名護屋城、平戸城、原城、島原城、熊本城、八代城、人吉城、知覧城、鹿児島城、飫肥城、志布志城(スタンプ)、佐土原城、延岡城、岡城、大分府内城、佐伯城、臼杵城、中津城、久留米城、水城城、小倉城レンタカー走行距離1481km、走行時間32時間20分歩行距離68.4km歩数:97098歩階数:168階相当唐津🏨:唐津第一ホテル長崎🏨:コンフォートホテル長崎熊本🏨:エクストールイン熊本銀座鹿児島🏨:かごしまプラザホテル天文館大分🏨:ホテルルートイン大分駅前博多🏨:リッチモンドホテル福岡天神。