荘厳なクスノキを見に、水俣の神社へ。
水俣諏訪神社の特徴
大きなクスノキ群が境内にあり、荘厳な雰囲気です。
神社から新幹線高架下へ下ると宮司さん宅があります。
アジサイが楽しめる素敵なお社で、参拝も魅力的です。
2023年11月19日(日)参拝小さな遊具(ブランコとジャングルジム)があり、拝殿前には広場があります。御朱印は、九州新幹線高架橋真下のお宅(玄関に注連縄があります)で頂きました。書いて頂くのに、時間がかかりますが…(丁寧に書いてくださいました。)
水俣諏訪神社は、水俣ICの南1kmほどの水俣市長野町(葦北郡水俣村大字長野)に鎮座している神社です。旧社格は郷社です。応安元年(1368年)葦北郡深川村に勧請され創建されました。永享元年(1429年)現在地に遷座されました。天正年間(1573〜1592年)小西氏に寺地を没収されましたが、加藤氏により再興されました。鳥居は、昭和13年(1938年)の建立です。御祭神は、健御名方神(たけみなかたのかみ:開拓の神)・下光比売命(したてるひめのみこと:大国主神)です。健磐龍神・沖津彦命・大物主命・沖津姫命が合祀されています。現在も残る境内のクスノキの巨木群は、神社の創建である室町時代以前からのクスノキの自生林の名残と伝わっています。毎年春に開催される祭礼は、水俣三社祭の一つに数えられています。神社のある「長野(ながの)」という地名は、かつてあった肥後熊本藩の葦北郡(あしきたぐん)長野村に由来します。明治22年(1889年)長野村・小津奈木村・大迫村・初野村・陣内村・中鶴村・深川村・薄原村・葛渡村・石坂川村・市渡瀬村・宝川内村・浜村・江添村・南福寺村・袋村・湯出村・月浦村・長崎村が合併して、水俣村が発足しました。大正元年(1912年)水俣村が町制施行して水俣町となりました。昭和24年(1949年)水俣町が市制施行して水俣市となりました。ちなみに、「水俣」とは「川が二股になったところ」、あるいは「川が2つに分かれたところ」と言う意味で、この地が水俣川と湯出川の合流地点にある事から付いた地名です。諏訪神社(すわじんじゃ)は、全国に約25,000社あり、長野県の諏訪湖近くの諏訪大社を総本社とします。また、諏訪神社を中心とする神道の信仰を諏訪信仰といい、日本全国に広まっています。御祭神は「諏訪大明神」ともいわれる建御名方神(たけみなかたのかみ:出雲の大国主神の第二子)とその妃・八坂刀売神(やさかとめのかみ)で、諏訪大社より御祭神を勧請する際には薙鎌に神霊が移され、各神社ではこれを神体としています。また、中世には狩猟神事を執り行っていたことから、狩猟、漁業を守護する神社としても崇拝を受け、「山神」としての性格を表しています。諏訪大社では6年に一度、御柱(おんばしら)と呼ばれる4本の柱を立てる「御柱祭」が行われますが、同様の祭が行われる諏訪神社が多くなっています。『諏訪』という名前は、諏訪明神が大荒神となって天下を悩ませている「蝦蟆(蛙)神」を退治して、四海が静謐となりました。このことから「波しずか」とも読める「陬波(すわ)」という名を得たといいます。
大きなクスノキがある水俣の神社です。公園も併設されておりジャングルジムやブランコ、シーソーがあります。鳥居の門構えが荘厳な雰囲気を出しています。
神社から新幹線の高架下の所まで下ると、宮司さん宅があります。そこで御朱印を頂きました。
駐車場もあり、大きな木が荘厳さを醸している場所です。
雰囲気がある、素敵なお社です。
アジサイが見られる。
地元の方の利用メインでしょうか。特になにもない場所です。
地元の方の利用メインでしょうか。特になにもない場所です。
| 名前 |
水俣諏訪神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
たまたま車で通りすがっただけなのですが、道沿いの大木に目を捕られ、「あぁっ!」と発した場所でした。なにかの引きがあったのではないかと、心残りですがそのまま去った自分を悔やみます。