薩摩藩の信者を守る源光寺の静けさ。
源光寺の特徴
浄土真宗本願寺派のお寺で安心感がある場所です。
薩摩からの抜け参りに最適な隠れ念仏のお寺です。
先代住職の思いが息づく、深い信仰の場となっています。
浄土真宗のお寺、薩摩藩が浄土真宗を禁止していたので、薩摩の信者の為の薩摩部屋がある。
儀祖父母 義父 孫😥が眠っています🙏
しばらく前に、住職が亡くなり、この先どうなるかが心配です。
いいお店です。やさい 安くって やさしい オーナーでした。かまたさん ありがとうございます。
浄土真宗本願寺派隠れ念仏による薩摩からの抜け参りのお寺。
| 名前 |
源光寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0966-62-3420 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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源光寺薩摩部屋源光寺は、加藤清正の家臣で、水俣城代の中村将監が加藤家改易ののち、楢木新左衛門の名で高尾野に入り布教していたが、薩摩藩の浄土真宗弾圧のため、水俣に逃れ庵を結んだのが始まりという。正保二年(一六四五) 子の覚円のとき、「源光寺」の寺号を京都本願寺から賜る。 薩摩藩では、近世のあいだを通じて、当時「一向宗」と 呼ばれた浄土真宗禁制し、激しい弾圧を行っていた。禁制の理由は諸説あるが、一向宗徒とわかると身分の区別なく処分したという。しかし信仰は根強く、薩摩の肥後国境近くの信者たちは、厳しい取り締まりの目をかいくぐり、国境を越えて源光寺や西念寺に「抜参り」 に訪れていた。源光寺では、本堂仏壇裏の床下に「薩摩部屋」といわれる秘密の部屋を設けて、これら隠れ信者を受け入れた。明治十一年の改築のときにも、薩摩部屋はそのまま残された。また、肥後側の農家に仏像などを預け、時々越境して抜参りに来る者もおり、そうした家同士の関係は「親様本家」といい、盆・正月には挨拶に訪れていたという。市指定文化財(昭和四十七年十月二十四日指定)平成二十八年八月水俣市教育委員会。