春の桜と江戸の歴史が魅力!
白川番所跡の特徴
春に桜の木が満開になり、美しい景色が楽しめます。
白川番所跡で歴史を感じながらの散策が魅力的です。
季節ごとの訪問で異なる自然の美しさを体験できます。
桜の木がいっぱいだったので春に咲いた頃来たらどうだろう。
白川と名が付くものの、現在の小島地区の白川はこの場所から離れたところを流れています。河川改修で蛇行していた白川を小島橋の所から直進させたためで、その名残が小島公園になります。この公園の北側の元川沿いの土手にあります。小島地区の白川水運の要所だった所です。石積みは昔のままらしいです。この土手道は百貫往還といって、百貫石港(松尾)から熊本城まで通じていた旧道になり、古いお地蔵さま、大黒さまなどなど時代を感じるものがいっぱいあります。番所見学ついでに道沿いを眺めて江戸時代の水運で栄えた名残を見てみるのもいいかも知れません。
<番所とは、藩政時代に山や海からの不法侵入者を監視したところで、関所と同じような役目を持っていました。当時この地は白川の右岸であったため高橋奉行所白川番所が置かれ、主に有明海から白川に出入りする船を監視し、禁制品の持ち込みや持ち出し、怪しい人物の出入りを取り締まっていました。>以上、碑の説明文より。公園の隅にこの碑が立てられている以外は、当時に思いを馳せるような遺跡などはありません。古い石積みの護岸?が側にあるので、もしかしたらこれは当時のものかもしれません。
| 名前 |
白川番所跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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江戸・明治時代の小島は、熊本城下と長崎、江戸とを結ぶ物資の集散地として栄えた港町。荷揚げ・集荷されたものは、百貫往還を通って馬などで城下に運ばれていた。幕末には、坂本龍馬もここから有明海を渡り島原へ上陸し、長崎へと向ったような向って無いような…番所跡や船着場跡の規模から、物資量はそんなに多くはなかったのではと想像してしまう。白川の名の由来を調べたが、正確な答えは分からなかった。しかし白川の名は、平安時代の史料にも記録がある事から、この地に暮らした人々は約千年前から今と同じ名前で呼んでいたことが分かった。千年前の人々と、同じ固有名詞を使っているって凄くない?