行田の忍城 北谷門を体感!
黒門の特徴
加須市の『總願寺』に隣接している黒門です。
行田の忍城から移設された北谷門は見応えがあります。
関東三大不動の一つで歴史を感じるスポットです。
忍城の北谷門を移設した黒門です。忍城主松平氏の菩提寺の桃林寺(臨済宗妙心寺派)の欄間と黒門上部の欄間は同じ物で江戸末期の一八四二年の建造と伝わる。
行田の忍城の北谷門を移築したものだそうです。忍城の遺構として大変貴重です。
| 名前 |
黒門 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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関東三大不動として知られている加須市の『總願寺』に来ました。そのお寺の西に建つ門を見に来ました。この門は、もともと忍城に建っていた『北谷門』なのです。明治4年(1871年)の府県官制とともに、忍城は何物も残さず取り壊すよう命ぜられましたが、建物の数が多く取りこわす費用が不足。そこで、入札形式で建物や門を払い下げ、取りこわしの費用としたのだそうです。このとき工事に携わっていた“田村重兵衛”に、忍城の“北谷門”は払い下げられます。そして、1869年(明治2)の火事で焼失していた總願寺の門に、この北谷門が移築されたのだそうです。現在は黒門と呼ばれています。黒門の傍らに建つ文化財説明板には次のように記されています。この黒門は、忍城の北谷門を移築したものである。忍城は文明年間(一四六九~八六)に築城され明治六年(一八六八)に取り壊されるまでの約四百年間続いた。黒門は、行田から熊谷に抜ける県道工事を請け負った不動岡在住の土木請負師田村重兵衛に払い下げられ、重兵衛が日頃信仰する總願寺に寄進したものである。黒門は、総欅造りで、門扉は一枚板からできている。門扉上部の欄間の構造が忍城主松平氏の菩提寺である桃林寺本堂の欄間と同様であることから天保一三年(一八四二)の構造と伝えられる。忍城の現存建造物としては高麗門(行田市)とこの黒門のみである。平成一七年三月加須市教育委員会。